24歳になって、やっと最近自分の性格を受け入れられるようになった気がする。 学生の時はもっと社交的にならなきゃとか、人に興味をもたなきゃ、協調性を持たなきゃて、 なにかとすべき思考が半端なかったんだけど、 なんか結局人には向き不向きがあって、一時的に表面で演じられたとしても、毎日毎日違う人演じてたらそりゃ鬱にもなるわなって痛感した。 もう自分はできればゆったり好きなことしかしたくないし、ある程度のマナーとか思いやりは必要だとは思うけど、それ以上に仲良くする必要はなくって、棲み分けは必要不可欠というか。 でもそれらをカースト制度として優劣つけたり、陰キャ、陽キャでカテゴライズするの浅はかでしょーもないって感じ。 人間でも所属感とかカテゴライズしないと安心しないのかな?なんかそれも含めて10代の危うさなのかな? なんかずっと生きづらかった
あなたが自分の性格を受け入れられるようになったこと、とても素晴らしいことだと思います。自己探求の旅は容易ではなく、多くの葛藤や苦しみを伴うものですが、その過程で得られた気づきは貴重です。「社交的にならなきゃ」といったプレッシャーや、「協調性を持たなきゃ」といった自己要求は、特に若い頃には強く感じられるものです。周りの期待に応えようとした結果、自分自身を見失ってしまうこともありますよね。 人間関係についての考えも非常に重要です。すべての人と深い関係を築く必要はありませんし、むしろ自分が心地よい形で付き合える人を見つけることが大切です。あなたが感じる「棲み分け」の重要性は、心の健康を保つために不可欠とも言えます。カテゴライズや所属感についても、自分を理解するための一手段ではありますが、必ずしもそれが幸せにつながるわけではありません。社会が押し付ける枠に縛られず、あなた自身の価値観に従って生きることが、本当の安心感をもたらすのかもしれません。 生きづらさを感じてきたあなたは、その経験を通じてより深い理解を得ていると思います。自分らしさを大切にしながら、少しずつ心の重荷を下ろすことができるといいですね。この新たなスタートが、あなたにとってより充実した人生につながることを願っています。