この数分を以ていくつかの細胞が死に、時間が失われてゆくのに成…

アカマキ

不明

2025年8月20日 3:14

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この数分を以ていくつかの細胞が死に、時間が失われてゆくのに成長せずにいられるだろうか。 思うに精神的な成熟は一生をかけて行われ、幸福に直結する。知性と愛情の成長を以て人は成熟すると考える。 2つの成長レベルが等しい場合はレベルの高低に関せず幸せなのか? あるいは片方のみが高い場合は破滅するのか? このような疑問について後者は破滅すると考えられるが前者について考えてみる。 我々が生まれた時のことを思うと、愛情と知性の著しく低い場合=成熟していない精神=赤ん坊と取ることができる。 果たして我々は赤ん坊の頃に幸せを感じていたのだろうか。 母親から与えられるものがいかなる形であってもそれを愛情と取ることができれば一般的な愛情を知って比較するまでは幸せでいられるのかもしれない。 しかしシンプルに考えると幸せではないことにさらされていた場合でも、それを理解する知性がなければ理解できないことによって救われた部分もあるのではないか。 まず、そもそも前提の話ではあるが、何を以て2つのレベルが同じであると基準を設けるかが重要であるのだが…苦しいことを苦しいと認識し(認識できる知性があり)、愛情を感じて与える(与える術を身につける知性がある)ことが現時点で可能であることが恵まれていることの一つの理由になると感じる。 それを発達させることが人生であり、発達による幸福を求め動き続け、成熟することが人として生まれた動物の特権であると考える。

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