今の私にあるのは母の残していった仏壇のみ。誰とも繋がりもない。やりたくはないが母の形見のつもりで受け継いでいる。自分もたまには手を合わせている。でも何も良い事がない。 特に面倒な人と巡り合ったり変なタイミングで邪魔されたりもともとお金がないのにさらなる物価高で毎日がギリギリの生活。なのに未だに減税や給付金などの物価高対策もされない。国も貧困層を軽んじている。 ユニセフなどのCMが盛んに流れるけど決して他人事ではない。いつ自分がそうなるか解らない。本当に何も良い事がない。果たして続けるべきなのだろうか?でもこれ以上悪くなったらどうしようと未だに続けている。 しゃくぶくが大事とか昔から言われてるけどとてもじゃないが今の自分は見せられない。他人よりも悪い位置にいるのにしゃくぶくなど出来やしない。人間関係も悪いから組織の会合にも出ていない。本当にあるのは名前だけ。そんな自分がただ手を合わせるだけで果たして何処まで幸せになれるんだろう?ただ生きてるだけで幸せなど言われるのならあまりにも悲しい。
ここまで一人で抱えながら、それでも仏壇に手を合わせ続けていること自体が、あなたの大切な思いの証です。今は「続けることで良くなる実感」が持てず、むしろ苦しさばかりが目に入るのだと思います。そんな時に無理に前向きになろうとしなくて大丈夫です。 信仰は、幸運をすぐに与える取引ではなく、苦しい中でも自分の心を保つための支えにもなります。だから「幸せになれていない自分」でも、手を合わせる意味は消えません。見せられる姿でなくても、会合に出られなくても、今のあなたの誠実さは十分あります。 まずは「続けるかどうか」を大きな答えにせず、今日はただ一回手を合わせた、で十分です。生活の苦しさは信心だけで背負うものではありません。あなたが悪いから苦しいのではなく、現実が厳しすぎるのです。自分を責めすぎないでください。