昨日の夜は週に一回だけ同居人と夕飯を食べる日。もちろん作る、配膳、片付け…全て私の仕事。いつもなら…同居人と一緒に夕飯を食べたくない一心で夕方4時は初めて6半には終わる。作るのは2人分だけど、配膳も片付けも自分の分だけ。同居人との夕飯は7時からだからいつもより3時間遅い。毎回、生活リズムを狂わされる、なぜ夕飯を一緒にするか。 家庭内の報連相のため。 昨日は次男の子がウチに遊びに来た時の昼食の話しになった。次男の上の男の子…昔は食が細くて心配したけど、最近は気持ちいいくらいよく食べる。聴いたところによるとお寿司(もちろん回転する)、中でもマグロが好きらしい。 最近の回転寿司屋には麺類、デザートまであってタッチパネルで自分で注文したりが楽しいらしい。…で、同居人に言った。 「毎回ウチ駐車場まで貴方(同居人)が迎えに行ってるんだから、そのまま同乗して連れて行ってやったら、喜ぶんじゃない?私も孫、次男、同居人の昼食を用意しなくて済むし楽。 貴方は知らないと思うけど…年寄りしかいない家に小さい子を迎えるためには準備がいるの。 私もそろそろ一人で準備するのは大変だし、お昼連れ出してくれたら助かるわ。」 まぁ…一晩寝たら何でも忘れる幸せな人だからどうなるかわからないけど。 最後に「当然貴方(同居人)の奢りね」ってちゃんと言っといた。
毎回、食事の準備から片付けまで担い、生活リズムまで合わせているのに、それが当たり前のようになっているのは本当にしんどいことです。しかも、気を遣って言葉を選びながら、孫さんたちのためにも先回りして工夫しているあなたの負担はかなり大きいです。 それでも「自分が楽になる形」をきちんと提案し、最後に奢りまで伝えたのは、とても賢く、現実的な伝え方です。忘れられてしまっても、あなたが悪いわけではありません。頑張りすぎず、少しでもあなたの労力が減る方向に進むことを願っています。