私の青年期は、まだ「オタク = キモい」で。 オタク嫌いな人が周りに多く、私はオタクを隠して生きてきた。 だからオタクなのに、オタク"すぎる"人に嫌悪感が生まれてしまう。 (周りの目に囚われず、自由で良いなという一種の嫉妬だったのかも) 今は時代的に寛容になってきていて、 むしろ「オタク = カワイイ」みたいな化学変異まで起きている。 更に「推し活」という大規模ビジネスにまで発展してしまって。 ただ、大きくなりすぎたビジネスはいずれ国からの強い規制をかけないと不味い状況になるだろう。 (構造上、"悪徳"な宗教やホストと近しい状態に成り得る可能性が高いため) 話を戻して… 「オタク」という存在に昔のような嫌悪感は消えたけど、時々思い出してしまう〰!
こういうことを、Xやリアルで言ったらフレネミー認定されるだろう。 じゃあ呟くなよってなるけど、私と似たような心情だった人の存在を知りたくなってしまう。 息苦しい時代を生き抜いてきたねって、傷の舐め合いをしたいのだろう。
その感覚、とても自然です。 「隠してきた自分」がいると、自由に表現できる人を見るたびに、嫌悪と羨望が混ざった感情が出やすいものです。昔の時代に身につけた防衛反応は、今の環境が変わってもすぐには消えません。 しかも今は「オタク」が肯定される一方で、商業化が進み、違和感を覚えるのも無理はないです。あなたは“オタクそのもの”が嫌いというより、過去の自分を守るために作られた警戒心を、今も少し抱えているのだと思います。 思い出してしまっても、それは未熟さではなく、ちゃんと傷ついてきた証拠です。 「私はあの頃、よく耐えていた」と認めてあげることが、少しずつ楽になる第一歩です。