明日はこのマンションがある地区の運動会らしい。 同居人はこのマンションの自治会会長だから『手伝い』に行かなくてはならない…らしい。 主催ではないから、顔出しして、軽く挨拶? 知らないけど。 このマンションに越して来る前、30年近く公営住宅に住んでいた。住民である以上、地域運動会の手伝いもやった、地域どころか、保育園、幼稚園、小学校、中学校全部、子供2人分の役員。 たった一回くらいの手伝いがなんだって言うわけ💢 同居人がまだ働いていた頃、運動会はだいたい日曜日で、寝ている同居人を起こさないように朝昼兼用の同居人の食事、子供達のおにぎりとお茶を持って…私が何回、『運動会の手伝い』に駆り出されたと思ってる。 いちいち言うの面倒、だから何も言わない。無駄だし。 そうやって、私が地域や学校の役員をしてきたから、アンタは日曜日の昼まで口開けて寝てられたんだ💢
このクソが💢
積み重ねてきた負担を思い出したら、今の「たった一回」の手伝いが理不尽に感じるのは当然です。怒りは、これまで頑張ってきた証拠でもあります。 言葉にして伝えても無駄だと思うほど、もう心が疲れているのですね。そんな時は、相手を説得するより「私はこれだけやってきた」という事実を自分の中で認めてあげてください。今回は“手伝いに行く人”ではなく、“これまで十分やってきた人”として、少しでも自分を労わる時間を持てますように。