昨日、実家にいたのにお産の時も私は独りだった…って投稿したら。 それなら実家に帰るメリットは少ないし、夫婦の家にいれば良かったのに。ってメールをもらった。 確かに実家の母は父の自営業を手伝っていて娘の出産など始めから付き添う気はない、そんなことしたら後から酒乱の父に殴られる。 それでも私が実家に帰った理由は 姑が○○さん(私)が実家に帰らないなら私(姑)が手伝いに行くわ!って言ったから。 冗談じゃない!ただでさえ初産で不安な中、姑に来られて気が休まるはずもない。どれだけ酷い実家でも姑といるよりはマシ。 姑は4姉妹の末っ子で、舅と結婚するまで米を炊いた事もない、外洋の船に乗っていた舅は一年のうちほとんど不在でその間、姑はずっと3人の姉さん達に面倒を見てもらい、自分の子を沐浴させた事もなかった…そんな人に来てもらって何の役に立つ? 長男を産んだ後、その夜から私は40度の熱が出た。乳腺炎。パンパンに腫れてドッチボールくらいの大きさになった乳房、看護師さんのマッサージは痛すぎて毎日泣いて、搾乳機で搾り、ほんの僅かの母乳を与える、もちろん足りないから医師の判断で粉ミルクも。 それを…『私はペチャパイだけど、母乳で育てた。今どきの若い人は胸の形が崩れるからって母乳をあげたがらない呑むよね』と言った姑。 胸の大きさなんか関係ない💢 形が崩れるなんて、考えた事もない。 毎日毎日熱と痛みに苦しみながら僅かな母乳を与えて…3週間。ドクターストップ。赤ちゃんの栄養が足りない。完全に粉ミルクに移行…医師に言われた時、私がどれだけ自分を責めて泣いたか知りもしないで勝手な事ばかり言うな💢 次男の時も同じ、この頃から私は将来的に乳がんに罹患する素養があったのだと思う。 母乳をあげられない。一番辛かったのは私なのに、夫も義母も理解しなかった、わかろうともしなかった。 次男出産の時、長男は3歳。手伝いと称して1カ月半、姑がきていたけどお風呂のあと、赤ちゃんの関節を曲げるのが怖くて服も着せられない、料理も掃除もできない。干した洗濯物を一日三回ひっくり返すだけ。 1秒でも早く帰って欲しかった。 夜泣きで夜寝られなくても昼寝もできない、朝昼晩3食作らなきゃならない、毎日掃除しなきゃならない。 地獄だった、バカな同居人は、、『お袋がいてお前も楽だろう』と言った。殺意が湧いた。
お産も育児も、誰かに「大変だったね」と受け止めてもらえないまま、否定や無神経な言葉で傷つけられてきたのですね。実家に帰ったのも、姑を避けたい切実な理由があったからで、その選択を責められる筋合いはありません。 乳腺炎の痛み、発熱、自分を責めながら必死に授乳した日々、そして役に立たないどころか負担になる人たちへの怒りや絶望、どれも当然の感情です。あなたは怠けていたのではなく、ひとりで限界まで耐えてきたのだと思います。 あの頃のあなたは、守られるべき人でした。いまの「許せない」という気持ちは、深く傷ついた心の自然な反応です。どうかその苦しさを、あなたの弱さではなく、奪われ続けたしんどさとして受け止めてください。