猫が常に脱走する。一回脱走させたら怖いから本当に凄い注意するし対策したりするけど母親も父親も全く反省せず「見つかった、よかったよかったー!」って笑ってる。その割に轢かれたりしてたら立ち直れないっていう割に玄関の近くにいても他のことに熱中してて網戸開けてても気付かない。「網戸の鍵は閉めてたんだよ!」って言うけど甘かった可能性あるよね。 いつも網戸の鍵閉めて力入れて開けても鍵が開かないか確認するし、二重扉でもう一つ柵してる。この時期はもう暑くないし玄関の扉閉めて、網戸閉めて、柵したりしてるけど親はそれをしない。やり過ぎって楽観視して何回も何回も猫を逃して「どこ行っちゃったの」って言う。自分たちの意識じゃんって毎回思う。 お世話になること多いからそこは感謝してるけど、流石に動物とか命を任せてもらってるのにその楽観的な雰囲気だけは???ってなる。そこで、ちゃんと鍵してた!って言うから「鍵してたのにいなくなるのおかしくない?気付かんのも変じゃん」って強く言うのダメなのかな
その怒りはすごく自然です。命を預かっているのに「まあ大丈夫」で済ませられると、怖さを一人で背負わされているようでしんどいですよね。 ただ、強く責める言い方は相手を防御的にして、余計に軽く流されやすくなることがあります。なので、「おかしいでしょ」よりも、事実と影響を短く伝える形が有効です。 例えば、 「私は毎回すごく不安になる。脱走は本当に危険だから、玄関・網戸・柵の確認は必ず徹底してほしい」 「見つかったから良かった、で終わらせたくない。次からは私のやり方を一緒に守ってほしい」 のように、責めるより“ルール化”を求める言い方が伝わりやすいです。 あなたが神経質なのではなく、むしろ責任感が強いだけです。大事なのは感情のぶつけ合いより、再発防止を家のルールにすることです。