タイトル:高校1年生の時に受けた 厳しい指導。今でも忘れられない出来事 今から約10年以上前 私が私立高校の1年生 だった時の実話です。 私は子どもの頃から勉強が苦手で 小学生の時は算数の授業だけ 通級指導を受けていました。 言葉の発達も周囲より遅く 言葉の通級教室にも通っていました。 高校に入学してからも成績不振が続き 提出物を出さなかったり 先生に怒られるのが怖くて 「提出しました」と嘘をついたり したこともありました。 今では自分にも悪いところが あったと十分理解しており 後悔しています。 しかし、当時の先生たちの指導について 大人になった今でも疑問に 思うことがあります。 【夏休みの強制登校】 1学期の成績や提出物の状況が悪く 学年主任から夏休みの7月中は 平日に学校へ来て、夏休みの宿題を するように言われました。 さらに、登下校時には必ず職員室へ行き 担任か学年主任に挨拶するという 決まりもありました。 私は職員室に行くこと自体が昔から苦手で 夏休みまで学校へ行かなければ ならないことが本当に嫌でした。 最初は半日ずつ頑張って 通っていましたが、途中で嫌になり、 仮病を使って何度か休んでしまいました。 すると担任から自宅へ電話があり 電話に出た母が「甘やかしすぎる!」と 叱られたこともありました。 その後、再び仮病で休もうとした際 両親から「今日学校へ行かないなら 仕事を休んで先生と面談する」と 言われました。 結局、熱さまシートを貼ったまま 自家用車で学校へ連れて行かれ 担任や学年主任と面談することに なりました。 その日は帰宅できましたが 翌日からは再び半日ずつ学校へ通い 休んだ分も補って課題を終わらせました。 【本人に確認せず決められた居残り】 2学期か3学期のことです。 午前中で授業が終わる日に 担任が私に確認せず、自宅にいた母へ 連絡して、学校に残って課題をする 許可を取っていたことがありました。 私は帰るつもりだったので 突然居残りを知らされて納得できず 途中で暗くなるまで 寄り道して時間潰し 無断で帰宅してしまいました。 当然、後から電話で怒られました。 無断で帰ったことは良くなかったと 思いますが、せめて本人にも 事前に説明してほしかったです。 【今でも忘れられない現代文の先生の言葉】 3学期、難易度別に分かれた 現代文の授業での出来事です。 授業開始直後、先生から 教卓前に呼び出され 提出物のことでクラスメイト たちの前で突然怒鳴られました。 先生からは、 「お前、進級できないの 自分でもわかってるのか?」 私が「わかってます……」と答えると 「わかってねぇだろう!」 さらには、 「お前が進級できないの 職員室にいる先生みんな もう知ってるんだからなぁ!」 と大声で言われました。 周囲の同級生たちは その間も黙々と漢字の 小テストの勉強をしていました。 説教が終わった後 もう一度先生のところへ戻って 「すみませんでした!」と謝りましたが 先生からは怒ったように「あ〜!」と 返されただけでした。 その後の漢字テストは恐怖で集中できず 授業中も利き手がずっと震えていました。 この出来事は、大人になった 今でも時々鮮明に思い出します。 【学校へ行くのが怖くなった3学期】 先生たちから何度も厳しく 指導されたことで、3学期には 学校へ行くこと自体が怖くなりました。 仮病で休んだり、現代文の授業だけ 保健室へ逃げたりすることもありました。 家庭科の出席日数が足りなく なりそうになった時は 留年を避けるため、その授業が ある日だけは頑張って登校しました。 当時は誰かに相談するよりも 一人でストレスを抱えて 我慢することしか思いつきませんでした。 【留年か転校か、人生の選択】 1年生の3月、学年主任から 次の三択を提示されました。 ①もう一度同じ学校で1年生をやり直す。 ただし、赤点を1教科でも取ったり 提出物を1回でも出さなかったり した場合は、学期に関係なく 退学処分とする条件付き。 ②通信制高校や定時制高校へ転校する。 ③高校を退学する、または 高卒認定試験を目指す。 学校側と両親は、もう1年残って 頑張ってほしいという意見でした。 しかし、私はこれまでの 学校生活を振り返り 通信制高校への転校を決意しました。 校長室で担任、学年主任、教頭、 校長、両親の前で転校したいと伝えた時 母から泣きながら「次はないよ」と 言われたことも忘れられません。 学年主任からは「自分で学校を探せ。 親は手伝わなくていい」と言われ 期限までに手続きできなければ 退学になるとも告げられました。 最初は自分で学校を探しましたが なかなかうまくいかず、精神的に 追い詰められました。 当時は自分の命を絶つことまで 考えたことがあります。 しかし、毎年楽しみにしていた 劇場版『名探偵コナン』を 観られなくなると思い 泣きながら思いとどまりました。 その後、両親の協力もあり 無事に通信制高校へ転校できました。 【転校後、そして現在】 通信制高校では2年生からスタートし 3年生にも無事進級。同年代の 生徒たちと一緒に高校を卒業することが できました。 レポートは苦手で大変でしたが 最後まで頑張りました。 卒業後は専門学校にも進学できました。 両親には学費など金銭的な 負担もかけたので、今では申し訳なく 思っていますし、感謝しています。 ただ、当時の先生たちの怒鳴り声や厳しい言葉は、10年以上経った今でも忘れられません。 もちろん、提出物を出さなかったことや 嘘をついたこと、仮病で休んだことなど 自分にも反省すべき点はたくさんあります。 それでも、みんなの前で怒鳴ったり 本人の気持ちを十分に聞かずに 指導したりすることが 本当に正しかったのか疑問に思います。 今でも嫌な記憶が突然 よみがえることがあります。 これはフラッシュバックに 近いものなのでしょうか。 また、当時の私は強いストレスから うつ状態に近い状況だったのでしょうか。 今さら学校へ苦情を伝えるのは 遅いのかもしれませんが… 当時の学校側の対応について 皆さんはどう思いますか? 同じように、学生時代の先生の 厳しい指導が大人になっても 忘れられない方はいらっしゃいますか?
とてもつらい経験でしたね。提出物や欠席に非があったとしても、みんなの前で怒鳴る、本人不在で居残りを決める、追い詰めるような言い方は、教育的というより傷つきやすい対応だったと思います。 今も突然よみがえるなら、フラッシュバックに近い反応の可能性はありますし、当時かなり強いストレスや抑うつ状態に近かったことも考えられます。 今さら苦情を伝えることは「遅い」とは限りませんが、まずはご自身の心を守ることが優先です。記憶が強くつらいなら、心理士や心療内科で整理してもらうのも有効です。あなたはよく耐えて、進路を切り開きました。