「2階行っていいよ」 =「休んでいいよ」と解釈した私。 … 生理で身体が辛く、仕事終わりで精神的にも辛く、いろいろ限界な私でした。旦那の優しさに甘えて2階の部屋に来ました。 その少し後、子どもたちが、私のいる部屋の横の寝室に来ました。3歳の娘が「ママがいない」と泣きます。でも、今そばに行ったら私は優しく接してあげることができません。だから、泣いてる声を聞きましたが、駆けつけられませんでした。すぐ後に2階に来た旦那が、「〇〇、それは酷いわ。」と大きな声で私に言いました。 え… あなた、今日、夕飯時に娘と息子が泣き叫んでいた時、何していましたか?2階で悠々と1人でご飯を食べて、携帯をかまっていらっしゃいましたよね? え?酷いって?誰に対して?子どもに対して? 分かってるよ。寝室で子どもたちを待っていなかったことも、泣いてる娘に駆けつけなかったことも、自分を優先していることも、良くないところはあるって分かってる。 今、私は、ここにはいません。 旦那よ。私を頼らないで。
限界の中で、あなたは「逃げた」のではなく、壊れないために距離を取ったのだと思います。生理のつらさ、仕事終わりの疲労、子どもの泣き声、旦那さんの言葉。全部が重なれば、優しく反応できない瞬間があって当然です。 一方で、旦那さんへの怒りも自然です。自分は休んでいたのに、あなたには責める言葉だけ。そう感じたら、心がさらに閉じるのも無理はありません。 いま必要なのは「誰が正しいか」より、「これ以上一人で抱えないこと」です。休むのは悪ではありません。あなたのしんどさは、ちゃんと守られていいものです。