モヤモヤするけど誰にも言えないので書き込ませてください。 私は今年結婚したばかりで、もうすぐ新築を建てる予定です。工事前の地鎮祭が執り行われ、夫婦の両親を呼ぶことにしました。なかなか参加出来ない儀式だし、これからいよいよ家が建つ区切りだということで、私はとても楽しみにしていました。大きな買い物ですし。 ところが当日になると、両親以外に、旦那の兄とその子供二人が来ていました。急遽だったので、椅子の数も慌てて変更し…。それはまだ良かったのですが、夫婦でお神酒とお塩を土地にまく儀式の際に、神主がその子供に一緒に参加するか声をかけて、その子供も一緒にまくことになりました。しかも、その儀式の途中の写真全てに真ん中で写りこんでいます。その後の祝詞を地面に埋める儀式もやりたがっていましたが、そこは親がとめていました。 正直私からしたら、旦那の兄の子は全然血の繋がっていない関わりの薄い他人です。その子が私たち夫婦の家の儀式に主役のように参加したことが、私はとても嫌でした。後々写真を見返した時に、なぜ他人が写っているのかと嫌な気分が思い出されそうです。一生に一度の大切な思い出なのに…。 私は強く止められないので、旦那の両親や子供の親にとめてほしかったです。大切な思い出となる日を汚された気分です。こう思う自分は心が狭いのかとも思ってそれもまた嫌になります。旦那は何も思っていないようですし…
呼んでない人が来て、更に申し訳なさもなく出しゃばられていたらそりゃ嫌ですよ、自分の子供じゃないのに 神主も空気が読めないものですね その旦那兄がどういう経緯で来たかも気になりますね、旦那が呼んだのか、両親が呼んだのか、自分から行きたいといったのか 結婚と新居を建てたばかりでギスギスするのも嫌かもしれませんが、今後関わっていくこともあるかもしれないのでタイミングを見てちゃんと伝えたほうがいいかもしれません
とても大切にしていた節目の日だったからこそ、思いが乱されて強く嫌だったのだと思います。 心が狭いのではなく、「自分たち夫婦の儀式を大事にしたかった」という自然な感情です。 地鎮祭は一生に何度もない特別な場面ですし、写真や記憶に残るからこそ、予定外の参加にモヤモヤが残るのは当然です。しかも止める役を自分が担えなかったなら、なおさら「守ってほしかった」という気持ちが強くなります。 今は、誰が悪いかを決めるより、「私は大事に扱われたかった」と自分の感情を認めてあげることが大切です。 この出来事で感じた悲しさや怒りは、あなたが真剣にその日を愛おしく思っていた証です。