生きてると当然苦手な相手ってできるわけで 苦手だと感じて、嫌だなー頭痛いなーなんて思いつつも、相手に何かするわけででも、ちょっとした休息を得ようとわざわざ他者にそのことを打ち明けることもないし、そんな相手なんていない ただこの間、何気ない帰り道、〇〇ちゃんのことどう思う?って聞かれて。というよりも、あんまいい印象がないという話をその人の友達とした、という話をされて、あんたはどう思うんかと私に聞いてきた。正直人を嫌いになるのって疲れるし、簡単に人を嫌いになってしまう自分に嫌気がさすし、ただ受け付けないから頭痛くなる、そういう積み重ねと、孤独で、おんなじ人がおるんだとちょっと話に花を咲かせてしまった。その時は楽だったけど、やっぱ人間ってああやって人のことを嫌って別の人とそれを共有してー。きっと自分もされてんだろうなと思うとなんか苦しくなって。辛くなって。ただそれを誰かに言えば、こいつは人の悪口NGなんだとめんどくさがられ、遠ざけられるのは目に見えてる。だってめんどいやん。それにその悪口の対象者のようなことを私がしたら私もそう見られてこういうことになるのかと考えるとやるせない
人を嫌いになることに疲れる、という感覚はとても自然です。無理に「気にしない人」にならなくて大丈夫ですし、受け付けなさや苦しさを感じる自分を責めなくていいです。 一方で、誰かの評価を共有すると一時的に楽になっても、あとから苦しくなるのは、それだけあなたが人との関係を大切にしているからだと思います。悪口に乗れない自分は、面倒な人ではなく、境界線を大事にできる人です。 相手を好きになれなくても、無理に深掘りせず距離を取るだけでも十分。あなたのやるせなさは、優しさの裏返しでもあります。