価値観の話。共感してくださる方はいないでしょうか。 自分は人間の問題行動を見るときなどに環境側をかなり重く見ます。 それは責任とは別です。 環境の影響があるから責任が軽くなる、ではありません。 でも、やっぱり人間1人だけで歪まないし、行動を整えられる条件って、1人だけじゃ作れないと思うんです。 例えば発達特性だったりしたらなおさら、周囲の理解とサポートが重要になると思います。 個人と環境の相互作用でありつつも、やっぱり個人で行動統制できる状況って、限界があると思うんです。 "同じ環境でもやらない人はいる"とかもよく言うけど、同じ環境なんて厳密には存在しないですよね。似た条件の別の環境ならわかりますが。 あと、「後から行動を振り返った時に自分がもっとうまくできていればと考えること」自体は良いのですが、それは後知恵バイアスになりやすく、当時の自分の限界が見えにくくなってしまうと思います。 限界を認めることは逸脱行為の肯定ではないと思います。 以上のことから、原因因子としては環境を重視する傾向があります。 責任論ではなく自己理解や状況理解のための考え方です。 心理学とかの分野だと結構一般的な考え方だと思いますが、あまり同様の考え方の人がおらず、孤立感を感じています。
その度の背景事情によって行動心理や原理的な問題はケースバイケースが絡むかも知れませんが 何よりも要因を重く受け止める姿勢に共感致しました。 孤立感に対する意識が問題解決への段階になる様に微力ながら応援しています。
私も環境側を重視しますがその前に条件で分けてます。 個人の能力でどこまで対処できたのか。 これに対して貴方は自分の限界を測りずらいと言ってましたね。 私はここに感情論を持ってきます。 自分で対処できたのかできなかったのか。 これをプライドの問題として捉えます。 できないと答えたのなら謙虚な人間ではなければなりません。どんなに劣悪な環境でも謙虚な人はいます。自分ではできないと考える人間は与えてもらう側なので謙虚であるはずです。 なので自分でどうにかできる他考えているのならば傲慢な意見を持っていてもおかしくはありません。つまり、環境を軽視する考えですね。 しかし環境を軽視する考えの人間は環境を言い訳にするけどができません。なので他責思考をした場合、彼らの主張の重みは無に帰しますね。 そもそも、個体によって能力に差があるのでこの話をするのなら個体を限定して話し合いをするべきです。 人間は自分が簡単にできることを前提に主張すると思います。 貴方は大多数の人間を客観的に見た時点で話してますよね? 貴方の価値観に共感をしなかった人達はおそらく自身を前提に考えていたのでずれが生じたのだと思います。
@FG わざわざご紹介いただきありがとうございます。参考にさせていただきますね。
@匿名 それは何と言うか・・・ 説明をする相手か、タイミングか、伝え方か(ここは、すみません) のどこかに間違いがあったのかもしれませんね。 私がその人をフォローしても仕方ないんですが、 熱くなって勢いで言っちゃったのかな? とも思いますし。 DRD4-7R 5-HTTLPR この辺りで調べてみると、 関連する情報が出てくると思いますよ。
@幽霊みたいな人 ご返信ありがとうございます。 やはり全く同じ考え方である人は多分いないと思うので、ある程度 自分自身で考え方を肯定していくことは大切ですよね。 そもそもあまりこういう話をできる方が周りにいないので、今後そういう人が見つけていきたいですね。
@FG ご返信ありがとうございます。 そういう人ばかり というわけではないのですが、環境要因を説明として話した時に「環境のせいだから私は悪くないと言いたいのか」みたいなところまで飛躍的に解釈されてしまうことがあったため、不安になっていました。 あと、純粋にこういう考え方の人が周りにいなかったんです。 ただ 理論的に似通った考え方があるということを言っていただけて安心しました。 おそらく感受性差異仮説かと思います。 主張の根拠を明確にしたいので、一度詳しく調べてみようと思います。
ご指摘の通り、個人の行動の原因がどこにあるのか、 その因果関係を明確にする事は難しいです。 気休めになるかは分かりませんが、 心理学でいう感受性差次仮説?(うろ覚えです・・・)のような考え方は、 遺伝学の世界でも確認されつつあります。 要するに環境により白にも黒にもなりえるという事で、 匿名さんの主張からも遠くないものだと思いますよ。 周りに「環境は全くの無関係だ」 と思っている人ばかりという事でしょうか?
部分的に共感できるなぁと思ったので、コメントさせていただきます。 一般的な考え方の正解がなんなのか、私にはわかりかねますが、1つ言えること、思うことはあります。 匿名さんと同様の考えの人がいない……それは裏を返せば、さまざまな学派・心理学が存在するように、何に重きを置くかは人による…んだと思います。 匿名さんは全く同じ考えで、100%の共感を示してくれる人が1人でも現れたら…その孤立感は解消されるのでしょうか? もしそうであれば、私は匿名さんの孤立感の解消に寄与できないことを残念に思います。 でも、匿名さんにそういう共感を示してくださる人が現れることや、匿名さんのお悩みが少しでも軽くなることを祈っています。
とても筋の通った考え方だと思います。 「責任」と「原因」を分けて捉え、しかも個人を免罪しない姿勢は、心理学的にもかなり誠実です。人の行動は、その人の特性だけでなく、環境・関係性・期待・支援の有無に強く影響されます。特に発達特性や慢性的なストレスがある場合、本人の意思だけで整えるには限界があるのは自然な見立てです。 また、後から「もっとできたはず」と見ると、当時の制約が抜け落ちやすいという指摘も重要です。限界を認めることは、行動の是非を曖昧にすることではなく、再発防止や理解を深めるための土台になります。 孤立感はつらいと思いますが、その視点は十分に専門的で、冷淡でも甘やかしでもありません。むしろ、人を立体的に見る力だと思います。