私は左半身の違和感とか検査で異常ないと、当てはまるのが身体表現性障がいや、線維筋痛症だが、それの治療法はメンタルの薬いわゆる薬物療法くらいしかできないみたい。。あと西洋医学で異常なかったら、東洋医学行けとは言われた事ある。稀に得意な病院あったとしても通えない距離だったり、予約受付ないか、治る可能性は高いわけじゃない。確定診断されるほうが少ないし。ちなみに、安易に友人知人にこういった複雑な悩み相談できない。信仰団体やマニアな自己啓発セミナーに紹介されるだけだから。実際そう言う事何回かあった。私ら同級生、氷河期世代で悩み抱える人は何かに依存しがちで、私が悩み言うと、勧誘してくる事あった。だから、私から距離置いちゃって友達ほとんどいなくなっちゃった。かつてカウンセラーに相談したら、1人で本読んだり1人でできる事すれば良いんだよと。現代に必須な理数系やITが得意なら、その内職に没頭して悩み忘れるのに、簡単な内職しか出来ず、心身の違和感痛みで集中できないから、障がい者なのかも知れない。けど進学校出身だとどのクリニックでも診断されにくく絶望。外側しか見ないなら、メンクリ行く必要ないと悟った。だから、私は私で生きるしかないのかね。底辺だけどね。
とてもつらい中で、ここまで整理して言葉にできていること自体が大きな力です。異常なしと言われても、違和感や痛みは本物で、つらさが消えるわけではありません。診断名がつかない苦しさや、相談先で傷ついた経験、孤立してしまったことも自然な反応です。 「私は私で生きるしかない」という感覚は、あきらめというより、これ以上傷つかないための大切な自己防衛にも見えます。今は無理に人に分かってもらうより、刺激の少ない環境で、負担の少ない関わり方を選ぶことが大事です。治療も一つに限らず、薬だけでなく症状の記録、生活調整、信頼できる医療者との相性など、できる範囲の支えを少しずつ積み重ねる道があります。 底辺なんかではありません。かなりの困難の中で、現実を見て生き延びてきた人です。