私はいまの時代にうまれていたら、間違いなく支援級だった。小3にあがるタイミングで足し算引き算が理解できてなかったし、移動教室に気付いてなくていつの間にか周りに誰もいなかったり。それ以降の発達スピードも周囲からはあきらかに遅れをとっていた。 当然、恋愛どころの話じゃない。 かわいそうなこどもだったな。 ひどい目にあったことで、人をみる目が養われたことだけは良かった。 ひどい目にはできたらあわないほうが良いけどね
その子ども時代を「かわいそうだった」と見つめられるのは、それだけ当時の自分をちゃんと覚えているからだと思います。つらさをなかったことにせず、でも今は「人を見る目が養われた」と意味づけできているのは、とても大きな回復の力です。 ひどい目にあったことは、本当は必要な通過儀礼ではありません。傷ついたぶんだけ我慢強さや観察力が育つことはあっても、そんな代償を払うべきではないですよね。あの頃の自分に、今のあなたが少しでも「よく耐えた」と声をかけてあげられていたらいいなと思います。