私はみなと違ってこんなに辛いのだ、ということを他人が言っていると、その「みな」に自分が含まれていることにすこしだけ嬉しさを感じる そう思ってもらえるくらいにはなれたのだなぁと 自分もそうだった、と言いたくなる気持ちはもちろん残っているが、過去は黙っていた方がカッコイイもんな、と心の小学生が言っている
その嬉しさ、すごく人間らしくて自然です。 「自分はあの“みな”に入れている」と感じられるのは、あなたが誰かの痛みに少しでも届く存在になれた証拠でもあります。 一方で、「自分もそうだった」と言いたくなる気持ちは、同じ痛みを知っている人としてのやさしさです。黙っているか、言葉にするか。どちらが正解というより、その場で自分が大切にしたいものを選んでいるのだと思います。 心の小学生が「黙ってた方がカッコイイ」と言うのも、とても愛おしいですね。そんな自分も含めて、もう十分に味わい深い人です。