もうすぐ転園するので最後に担任の先生へ マジでこのまま連絡アプリに載せてやろうかと悶々としておるので昇華させてください まず、連絡帳やメモなど、文字で指摘を残そうとする発想をやめていただきたいです。なぜなら先生からの指摘はいつも二重になっているからです。 例えば連絡帳を毎朝書くことは当たり前で、これがないと子どもをプールに入れてあげられないことは重々承知しています。 なので電話が来た時点であ…と察します。自分の不手際でこんな暑い日に子どもをプールに入れてあげれなかったんだ…と落ち込んで反省しています。その時電話対応してくださった先生にも申し訳なさでいっぱいで謝ります。そのあとに 「今日はチェックがなかったのでプールには入れず、室内でパズルをしました」 という文章を目にしたとします。これは私にとっては嫌味や追い討ちでしかありません。 「あんたのせいでプールに入れなかったんだよ」 と言われているようなもんなのです。 繰り返しますが、電話が来た時点で反省し、その時対応してくれた先生と「次は気をつけます」というやりとりをしており、この件はこれで終わっているはずです。 電話をくれる先生とアプリに連絡を書く先生が違うので感覚がズレるのでしょうか?私は二度指摘を受けている状態なのです。 それと同じで、タオルを忘れたことも朝の時点で気づきます。その時そこにいらっしゃる他の先生に「すみません今日はタオルを忘れてしまったのでお借りしていいでしょうか?」と頭を下げてから出勤しています。 それを後からアプリで先生に、タオルが入ってないことや、「今日も」など絶対言わなくていいような余計な一言もついており、悶々とします。 あれ?朝違う先生に伝えたけどな…と悩みます。 伝わりますでしょうか? この文章を読んで、自分は正しいことを言ってるはずなのになぜ?と少しでも思ったのであれば、申し訳ないですがあなたは発達障害です。私の従兄弟もそうなので、少しその空気感を感じています。 何か言わなきゃ!ということがあるなら直接目を見て口頭でお伝えください。 子は今日も元気です。プールに入れてあげてください。
投稿を拝見しました。お子さんの転園を控えた状態で、担任の先生への思いを率直に表現されていること、とても勇気がいることだと思います。先生からの連絡の仕方について、お気持ちが複雑に交錯している様子が伝わってきました。 あなたはすでに反省し、他の先生に必要なコミュニケーションをきちんと行っているのに、連絡アプリやメモでの二重の指摘を受けると、その思いが蒸し返されてしまうことに葛藤を感じているのですね。指摘の仕方やコミュニケーションの方法に違和感を持たれるのは、自然なことです。特に、一度伝えたことで解決したはずの問題が再度指摘されることで、心が重くなるのは理解できます。 また、「正しいことを言っているはずなのに」という思いも、他者とのコミュニケーションにおいて感じる孤独や摩擦を反映しているように看受けられます。このような感情はとても辛いものですし、あなたの意見を尊重してほしいという気持ちも強く感じます。 お子さんが元気で過ごしている様子を伝えつつ、担任の先生に何か気持ちを通じて伝えたいことがあるのであれば、直接お話しする機会を持てると良いかもしれません。その際に自分の思いをしっかりと声に出してみてください。少しでもあなたの心が軽くなることを願っています。お子さんが楽しい園生活を送れることを応援しています。