「自分がどういった人間であるか」を説明できるだけの自己理解時間は人それぞれだし、それに費やそうとし始める年齢もバラバラだ。 (始めないままよりは良いという意味で)いつ始めても遅くはない。でも、疎かにしすぎると良くない。 自己理解が深いだけでなく、より善い人間になろうと自己研鑽を続ける人は、そうでない人と違いがくっきり出る。 意識している時間もそうだし、そもそも意識できることに価値がある。 自身について分かっていれば、自然と誰を相手にしてもある程度コミュニケーションが取れるし、相手の気持ちにもちゃんと気づける。 誰とでもトラブルばかりで疲れてしまう人は、相手がどうだといったことではなくて、まず自分について考えてみると良いかもしれない。 考えたことはあるのにトラブルが絶えない……なら、それは理解が足りていないか、好き勝手な解釈・偏見で本当の自分が見えていないのかもしれない。 相手のことをあれこれ言えるようになるには、最低限、自分自身を知ることが必要だろう。自分自身を知れば、知らなかった時ほど言葉は口から出てこなくなる。 「自分にもそういう一面があるかもしれない。気を付ける・改める機会をこの人はくれたのかもしれない」または、 「この人に今から伝えようとしていることは自分の独りよがりではないか?伝えたところで効果があるって確信できるのか?」って考える余裕が生まれる…故に口にしないで済む。