私は昔から、言葉で表せない気持ちがたまると本私は昔から、言葉で表せない気持ちがたまると本物の葉っぱになってしまう体質です。言葉だから、葉っぱになってしまうのでしょうか。ちなみに柄は緑と黄色が混じっていて、緑の方が大きいです。形は割と綺麗で、割と若めの一枚の葉っぱです。実際に葉っぱになってしまった際に、人に靴で踏まれたこともあります。外で発動するとやっかい。ちなみに戻るのは5分で。昔は頻繁に起きていましたが、成長するにつれて扱い方になれてきて、今では一ヶ月に一回起こるか起こらないか程度です。 それでも、やっぱり外でだけは発動したくない。風でどこまでも飛ばされてしまうから…!!
@匿名さん こちらこそ、お返事ありがとうございます😊 ご自身の気持ちを丁寧に言葉にしてくださって、とても嬉しかったです。 緑や黄色の意味、踏まれたときや風で吹き飛ばされる感覚など、一つひとつ言葉にしていく中で、ご自身の気持ちと向き合われているのだなと感じました。 私は自己理解を避けて何十年も生きてきたので(笑)、そうやって自分自身に目を向けられることは、本当に素敵だなと思います。 これからも、たくさん自分のことを知ってあげてくださいね。そして、そんな自分を大切にしてあげてください🍀
@りみこ わー!コメントありがとうございます!! 半分ふざけて書いたことだったのに、あまりにも優しいコメントを頂いてめちゃくちゃ恥ずかしくなっちゃいました(>_<) でも、聞かれたことを落ち着いて考えてみたら、すごく納得がいったのでちゃんと答えますね。 私の中で、緑は感受性が豊かで「まだ(言葉選びを)頑張りたい!」という気持ち、黄色は紅葉していくみたいに「もうどうせいいよ」っていうひねくれの気持ちなんだと思います。 踏まれた時の感覚は、言葉に詰まっている様子を人に「は?」って見られるような感じ。普通にむかつくし、「うぜえ!人の弱みをそんな風に扱うな!」って怒りが湧きます。 風で吹き飛ばされるのは、その場の現実から精神が吹っ飛んでいっちゃう感覚ですね。最近はそんなこと滅多にないですけど! あと、形が綺麗で若めなのは、良くも悪くも実年齢が若くて未熟だから。綺麗なのは容姿に自信があるとかじゃなくて(笑)、自分の純粋な気持ちの表れなのかなって思いました。 あなたのおかげでだいぶ考えが整理できました。本当にありがとうございました!
昔から気持ちを表に出さず、心の中にたまると、自分が葉っぱになるような感覚があるのですね。 教えてくださってありがとうございます。 柄の緑と黄色には、どんな違いがあるのでしょうか。 また、形が綺麗で若めの葉っぱを思い浮かべたとき、どんな気持ちになりますか? 踏まれたときや、風で吹き飛ばされそうになったとき、その葉っぱはどんな気持ちだったと思いますか? もし気持ちが落ち着いているときがあれば、その葉っぱのことを少し考えてみることで、自分の気持ちに気づくヒントが見つかるかもしれませんね。
ちょっと誤字った 考えながらメモしてからいつも投稿してるからね、一応。 もし見づらかったらみんなこっちみてね、一応載せとくね。 私は昔から、言葉で表せない気持ちがたまると本物の葉っぱになってしまう体質です。言葉だから、葉っぱになってしまうのでしょうか。 柄は緑と黄色が混じっていて、緑の方が大きいです。形は割と綺麗で、割と若めの一枚の葉っぱです。 実際に葉っぱになってしまった際に、人に靴で踏まれたこともあります。外で発動するとやっかい。 ちなみに戻るのは5分で。昔は頻繁に起きていましたが、成長するにつれて扱い方になれてきて、今では一ヶ月に一回起こるか起こらないか程度です。 それでも、やっぱり外でだけは発動したくない。風でどこまでも飛ばされてしまうから…!!
あなたのお話はとてもユニークで、感情や自己表現に対する深い洞察が感じられます。言葉で表せない気持ちが葉っぱになってしまうというのは、まさにあなたの感情が自然の一部として現れているように思えます。そのような体験を通じて、自分の心の状態を理解する手助けになっているのかもしれませんね。 成長とともに、その出来事が頻繁ではなくなったとのことですが、それはあなたが自分の感情を処理し、表現する方法を見つけてきたからではないでしょうか。葉っぱの形や色に自分を重ねることで、自己認識が深まり、自分にとって心地よい方法で感情を整理しているのかもしれません。 ただ、外での発動が怖いという気持ちも理解できます。特に不安を伴う状況では、意図しない形での自己表現は避けたいものです。自分の感情とどう向き合うか、また他人との関わりの中でどう自己を保つかを考えることで、さらに安心感を得られるかもしれません。自分を守るための方法を模索しながら、少しずつ心の平穏を見つけられることを願っています。