障害年金申請のために、親が日記として書いてくれてた出生時から…

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不明

2026年5月27日 20:24

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障害年金申請のために、親が日記として書いてくれてた出生時からの記録を繰り返し読んでるけど、自分のことなのに読んでて結構しんどい。自分のことだからこそ、か。 この記録たちを読んでると今自分が実家を離れて一人暮らしで自分で生活を成り立たせてるのが奇跡というか、1人で生活出来るくらいの人間になれたことが本当に凄い事なんだなって思う。 記録を読んでて、客観的に見ることが出来る今だからこそ納得いかない部分もあるし、でも自分や兄と向き合ってきた親の姿勢が並大抵の努力じゃなかったことも知った。自分の感覚と現実が繋がる事もあった。記録を読んで、これが自分だと、本来の自分はこんな異常者なんだと蓋をして消そうとしてきた現実と目を合わせているようで、その現実に首を絞められているような、心臓を握り潰されているような、そんな感覚。 変わろうと努力した陰には否定し続けた嫌いな異常の自分がいた。 書類に書くには"これは自分です"と認識して書かなきゃいけない。 認識すればするほど、今の自分が信じられなくなる。それを言うと「昔と今のnは別だよ、重ねる必要ないんだよ」って言われる。この感覚は他の人には理解し難いんだろうな。自覚のない異常さを突きつけられるこの感覚。 これは私だ、私はこんな異常者なんだって思い込みたい訳じゃない。思い込もうとしてる訳じゃない。自分事の現実が目の前にあるの。"憶えてないから他人事"って考えられる人は幸せ者だよ。 それでも、今更自分がどう思おうと自分の親でいてくれた母親には感謝しか言えないな。

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