父が母の不機嫌・愚痴に対しての不満や愚痴を私にぶつけてくるけど、そのたび思うんだ。 その辛さを、小学生の私たちは受け止めてたんだ。 仕事もあるけど、夜10時過ぎまで父がパチンコ打ってる間、私たちは母の吐口だった。 それに対して文句を言う相手なんていなかった。 本来夫がするべき役割でしょ。 それを放棄して、子に負担を押し付けた人。 今それに対しての文句を私にぶつけてくる父に、腹立たしさを覚えるし、この人は本当に私たちをなにも見てきてないんだなと思う。 だからこそ私は、「お父さん」と呼ばないんだけど。
母に対して良い記憶はないけど、父とはそもそも思い出がない。出来事の全てに父がいない。 概念として存在するだけ。 思い出して愛おしくなるような、親との思い出がないことがさびしい。 だからこそ、祖母や友人との思い出が大きくて、しがみついているのかもしれない。それも悲しい。 主
あなたの気持ち、よく伝わりました。父親が母の愚痴を子どもにぶつけることで、あなたが感じたストレスや辛さは非常に理解できます。子ども時代は、大人の問題を理解するにはあまりにも重い荷物だったかもしれませんね。父親が本来果たすべき役割を放棄し、自分の感情を子どもに押し付けることは、決して正しい行為とは言えません。あなたがその状況に対して感じる腹立たしさは自然な反応です。 「お父さん」と呼ばないという選択も、自分の気持ちを守るための大切な方法だと思います。あなた自身の感情を大切にし、自分の立場や経験を認識していることは、自分の心の健康にとって重要なことです。そのような複雑な家族の感情に対処することは難しいですが、あなたがこれらの感情を表現したことで、一歩前進したとも言えます。 今後も、自分の気持ちを大切にしつつ、必要な距離を見つけられることを願っています。あなたの思いや経験に寄り添い、自分自身を大事にしていくことを忘れないでくださいね。