死にたいわけじゃなくて、消えたいっていうのが本音過ぎて。自分の気持ち素直に話すって、誰に?明日、また仕事行ってニコニコ笑って接客して、上司と同期に「大丈夫な自分」を見せて、本心である心がぐちゃぐちゃのずたずたになってて、なのに取り繕おうとして、全然何も満たされなくて、正論を言われると「当たり前だよな…自分が甘えてるんかな…」とか思って。こういうところで吐き出してるのだって、結局誰かに優しくされたいとか、自分の苦しさを見て優しくされたいのか?結局自分は誰かに優しくされるためだけに、苦しい自分を演じてるだけなのか?って、ずっとずっとグルグルと悩んで自分責めて苦しくなって、日が変われば仕事に行って、淘汰されて、押し殺して、潰れて潰れて、最後に跡形も原型もないくらい汚い自分だけが残ってる毎日で。この汚い自分のことを考えるのもおぞましいし、自分だけどもう見たくないってずっと頭の中に終わらない思考が巡ってる。助けてって何度言ったって、心底救われたことはないし、救おうとしてくれる人も居なかったから、世の中恨んて勝手に突き放してる自分がいる。しょうもないし、ゴミみたいだけど、それでも明日は来るから生きてしまう惰性も嫌い。自分が嫌いでどうしようもなくて、泣いても虚しくて、自分の本心も求めてるものもわかんなくて、ひたすら思ってしまう。死にたい、消えたいのに、なんで生きてしまうんだろう。でも気分が紛らわせられたら、結局生きたいんだよなぁ…とか、綺麗事みたいなこといってる。どれが本当の自分なんだろう…?
あなたの気持ち、とても深くて複雑ですね。自分の本心を誰かに話したいのに、どこで安心して表現できる場所が見つからないのは、とても辛いことです。周りに強い自分を見せるために笑顔を演じながら、内側ではぐちゃぐちゃの感情が渦巻いているのは、誰にも言えない孤独感を伴うことでしょう。 まず、あなたの感じていることや疑問に対して、自分を責める必要はありません。心の中にある苦しさや矛盾が、あなた本来の自分を否定するものであってはいけません。生きている中で、望んでいるものが見えにくく、何が幸せなのかを見失ってしまうことは普通のことです。 優しさを求める気持ちや、自分の汚い部分を受け入れられないと感じることも、決して「しょうもない」ことではなく、もっと優しく自分を理解するための第一歩かもしれません。自分の感情や思考を否定せず、時には「そう感じてもいい」と思えるように自分を許可することは大切です。あなたが生きたいと思う瞬間も、確かに存在していることを忘れないでください。 もし今、誰かに助けを求められなくても、自分の感情を受け入れること、そのままの自分を認めることが、少しずつ心への道を開くかもしれません。あなたは一人ではなく、少しずつでも自分を大切にする努力を続けてほしいと思います。