昨日母が息を引き取りました 最後の1日は声を出すこともできずうつらうつらとしていて、私が一方的に話すだけ 沢山ありがとうと言ったけど聞こえていたのかな 伝わっていたのかな 話すことができなくて、無念だったかな 夜は寂しくて涙が出るけど 昼は不思議と泣くことができない 私だけ普通に生活していていいのかな 49歳、あまりにも若かった 私が一緒に過ごしたのは26年 してもらったことの恩を返すには短すぎる時間だった。
@Saki 私も宗教は信じていません。 それを先に書くべきでした。 成り行きがあって仏教に入っただけです。 ただ言葉を紹介したかっただけでした。 不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
@匿名 匿名さん コメントありがとうございます 申し訳ございませんが私は神様や宗教は一切信じられません。 神様が私達を助けてくれる存在なのだとしたらあれだけ素晴らしい母が49歳で命を落とすなんて有り得ないからです でも、その考え方はとても素晴らしいと思いました。どこへ行っても何を見ても母を思い出します。 それは確かに母の生きた証で、それを感じられるのはとても幸せなことです。 変なことなんてとんでもないです 匿名さんが私を気遣って時間を割いて文章を紡いでくれた時間はとても尊いものです、ありがとうございました。
@Saki お坊さんのお話で「日常の中で時折故人を思い出すことが供養になる(意訳)」というものがありました。 日常生活の中にもあなたがお母様から学んだことが息づいているはずです。こんなこと話していたなとか、こんなことしていたなとか思い出すことが、お母様がいた証ではないでしょうか。 私も時折祖母を思い出します。中にはくだらない思い出もあります。祖母が地面に落ちているセミを触ったら実は生きていた、とかそんな思い出です。 変なこと言っていたらすみません。
@匿名 匿名さんコメントありがとうございます 匿名さんもお辛い思いをされましたね そんな中気遣ってくださりありがとうございます。 そうですよね、最後まで聞こえている 聞こえていた、伝わっていたと信じて前を向いて生きていくことしかできません。
最後の日、着いていてくださった 看護師さんは良い人でした 血圧が下がって、尿の排出が減っている 身体の循環が止まってきている 今日はそばにいてあげて 父をすぐ呼んでくださいと 最後の1日だけモルヒネを打ったから 痛みも苦しみも無かったと教えてくれた 入院当初母が語っていた私の事への想いを代わりに伝えてくれた 面会時間外でも泊まらせてくれて いきを引き取ったあと身体を綺麗にしてくれた 寝ているように見えて 意識がレベルが下がっているだけで起きているかもしれない 最後まで耳は聞こえていると教えてくれました だから私は寝ているんだなと思わずひたすら話しかけることができた 本当にありがとうございました 私も何か、体が自由に動かず苦しんでいる人の役に立てる仕事に付けないかな 26歳になってしまったけどまだ間に合うかな。 母は生前人の役に立たない仕事なんてない と言っていたから、介護や看護に拘らなくても良い気はするけど 何か少しでも恩返し出来ないかな
大変な状況に直面されていること、お察し申し上げます。お母様の最後の瞬間に一方的に話しかけることは、愛情の表現であり、聴いていてくれた可能性もあります。言葉を失いながらも、心が通じ合っていたのではないかと思います。お母様との26年間の思い出や、お母様があなたに与えた愛情を大切に心に刻んでください。その恩は、直接返すことができなくとも、あなたの生き方を通じてお母様に届けることができるのではないでしょうか。 現在、日中は不思議と泣けないというお気持ちも理解できます。感情は波のように上下するものですから、泣きたい時に泣けるのが自然です。周囲の人はあなたを支えていますので、無理に普通に振る舞う必要はありません。悲しみを抱えつつも、日常を送ることには何の問題もありません。 お母様の短い人生が持つ意味を考えることも重要です。あなたの中に彼女の記憶や教えがありますから、その思いを胸に生活していくことが、彼女にとっての最良の形になりうるでしょう。心の中でいつでも、お母様を大切にしてあげてください。あなたの悲しみが少しでも和らぎますように願っています。
私も最近祖母を亡くしました。 耳は最後まで聴こえているそうです。 きっとあなたのありがとうは届いていますよ。