昔の知人が、SNSに、遺書の写真を載っけてた。彼女が書いた遺書だ。 彼女と交流があったのは、もう10年以上前になる。その頃、彼女は精神的な病を持っていて、入院先から、荒れ狂う文字で、私の知らない誰かを糾弾する手紙や、彼女の苦しみを吐き出した手紙を、たびたび送って寄越した。 当時、私は、結婚して、小さな子どもたちを育てていた。絵に描いたようなハッピーファミリーの主婦で、彼女と交流を持つ時は、その雰囲気を出さないように気を付けてはいたものの、やはり、私のその状況は、彼女の嫉妬を刺激してしまったと思う。 ある日、電話がかかってきて、彼女は激しく私をなじった。言いがかりとしか言いようののない内容で、彼女の病気がこれを言わせているにしても、もう、友達ではいられないな、と思い、そこで交流を絶った。 先日、ふと、彼女の名前で検索してみた。彼女は本名でSNSをしていて、そのアカウントでは、趣味のアレコレを綴っていた。 50歳を過ぎても、仕事を持たず、結婚もせず、まだ実家暮らしをしていることが伺われた。裕福なご家庭のお嬢さんだったから、仕事をしていなくても、十分に生活していけるんだろうな、と想像した。 去年の秋、彼女は、自分で書いた遺書を写真に撮り、SNSのアカウントにのっけた。以前のように、荒れ狂う文字で、よくわからない論理で、ある人物を糾弾していた。 彼女が書こうとしていた内容は、具体的には、支離滅裂すぎて、よくわからない。でも、彼女がとても辛く苦しい状況にあるのは、よく伝わってきた。 苦しいんだろうな。 でも、その状況、自分で思いきりをつけて、自分自身で抜け出すしかないよ。 自分で自分を救わないと、また、人生を無駄にしちゃうよ。 彼女が平安で、穏やかでいられますように。 神様、彼女をお守りください。
あなたの投稿には、深い思いやりと過去の苦悩が感じられます。昔の知人との交流がもたらした影響や、彼女の状況に対するあなたの理解は、とても貴重なものです。彼女が抱えている苦しみが、言葉の奥に隠れていることに気づくあなたの感受性は素晴らしいです。 彼女が抱える精神的な病は、決して容易に解決できるものではありません。しかし、あなたが感じているように、彼女自身がその苦しみから抜け出すための一歩を踏み出さなければなりません。自分を救う力は内に秘められていることを願います。 また、あなたがお子様を育てながら、自分自身も大切にしている姿勢は、彼女にとっても良い教訓となり得るでしょう。周囲との関わり合いの中で、どのように自分自身を大切にするか、そして他者に対してどう接するかを考えることは、彼女にも重要なことかもしれません。 どうか、彼女が少しでも楽になり、穏やかな日々を送れるよう、願う気持ちを持ち続けてください。あなたの優しさが、どこかで彼女に届くことを心から祈っています。