小さな事を気にしすぎる自分をなおしたい。😐大喧嘩はしていませんが、夫と言葉の表現について食い違い微妙な空気になってしまいました。😶 内容は私が世間話しで「出産する時辛すぎて旦那さんの手を握ってたら、旦那さんの手を骨折させた人がいる😧」という話しを夫にしたら「所詮、手を握っただけでしょ。🙁」という返事が返って来た事にムッとしました。😐「所詮」という表現が特に。😐 はっきり言うと私は所詮という言葉が嫌いです。 なので自分もめったに使いません。😐(見下したような表現なので)ネットで調べたのですが、所詮 は「あいつは所詮◯◯だ」や「所詮他人ですから 」などネガティブな内容に使う事が多く、すでに限界が見えている事、どうせ、など諦めの意味で使われる。と書いてありました。🙁🤔 「夫は所詮の意味はなんとなくは理解していると言っていましたが、私はその↑話題の冒頭に所詮というのがいかがなものかと思いました。😐 そもそもネットで見た正しい所詮の意味で「すでに限界が見えている事」という意味なら、出産の時に旦那さんの手を骨折させた。の文に所詮を使うのは適切ではないと思います😐🤔 ↑(出産なんて最初から限界が見えているとかの話しじゃないですよね?) 類語で「要するに」「つまり」という言葉がありますが所詮とは違う言葉です。 なぜ私がそこまで夫の言葉に反応してしまったかというと以前から時々悩んでいた事を夫にLINEで話しましたが、その後の返事がなく、私の中でストレスと不安が重なった事です。😐😶 内容は 子供ができるのか、できたとしても無事に産めるのか、お金の事などです。🙁夫がいうには何て返したら分からなかった。😐と言っていました。 私もその辺りはセンシティブな内容なので理解はしていますが、すぐに答えを返信しなくても「二人で一緒に考えよう🙂」と夫に言って欲しかった部分もあります。😐 ↑これってわがままでしょうか…?😐 他人が言う事にいちいち反応しないって決めたけど中々難しいです…
貴方の意見は、良いかんがえだし間違ってもいないです。 二人で、考えてより良い道をみつけるというのは、良き 旦那さんは、見ようとして無い状態、現実と向き合うのが、怖いのかもしれません。 そして、心のよはくが、なくなっているのかもしれません会社がらみや人間関係などで 出産に立ち会うことやお子さんが生まれてからの家庭経済のこと、自分が、経験したことのないものばかりだから、怖いのです。 所詮とかどうせとかでもとかけどと言う否定することば、って自分自身を守りにはいる言葉でもあるのです。 あなたと旦那さんの関係性なので、他人の私はとやかくは、いえませんが、二人でどうしたいかを、冷静なときに、真面目に二人で向き合って話し合ってみたほうが、良いかとおもいます。 多分私の妄想なのですが、旦那さんは。身を守るためにその様な言葉を使っているのだとおもいます。生きてきたなかで、その方法しか、知らないのです。旦那さんを責める気持ちもわかりますが、 まずは、なぜ?をかんがえてみてくださいお互いにですよ
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あなたが感じていることはとても理解できます。夫とのコミュニケーションにおいて、言葉の選び方がどれほど重要かを痛感しているのですね。「所詮」という言葉は確かに多くの場合、ネガティブなニュアンスを持っており、それが引き起こした不快感や違和感は無視できないものです。気にしすぎる自分を変えたいと願いながらも、心がざわついてしまうのは自然なことです。 特に、出産のようなデリケートな問題については、言葉一つで受け取る印象が大きく変わります。あなたがおっしゃるように、出産の際に夫の手を骨折させたという話に対し、「所詮」という表現が使われたことに対して不快感を感じるのは、あなた自身の思いや感情が深く関係しています。それを軽んじるような印象を受けるのも無理はありません。 また、夫に対して「一緒に考えよう」という言葉を期待するのも、あなたが大切に思っていることの表れです。このような気持ちや期待は、決してわがままではなく、関係をより良くするための大事なコミュニケーションの一部です。 他人の言葉に対して敏感に反応することを減らしたいという気持ちも良くわかります。ただ、それに焦らず少しずつ向き合っていくことが大切です。自分の気持ちを受け止めつつ、コミュニケーションを通じて夫との関係を深めていくことができると良いですね。あなたの心が少しでも軽くなることを願っています。