そのうち消す。 Twitterで在日外国人十数年目の方のポストを見かけたんだけど、「日本は差別しないって言うけど、そんなことない。沢山差別されてきた。肌の色のことで言ってきたり、蹴られたり、日本の空港でパスポート投げつけられた」と言っていました。 その方は純日本人と間違えるくらい日本語が達者で、すごく勉強熱心で日本に住もうと思うくらい元々は日本が好きだったんだなと分かりました。 しかし、確かに差別も受けてきたんだろうと思いますが十数年住んできてTwitterで日本の事ばかり愚痴るくらい差別されているのか疑問に思います。 ポストの内容に書いた差別は確かに差別です。ですが、最近のTwitterを見ていると在日外国人の人たちは訝しげにされたり距離を置かれたり、外国人として接せられるのが差別だと受け取っている人が多い気がします。 ですがそういうものは動物の習性と同じで差別ではありません。日本人同士だってよく知らない人や変わった人には訝しげにします。 日本でそんなに差別を感じるのは差別としている認識がズレているのではないか?と思ってしまいます。 私は外国人、在日外国人に会う機会もないためよくわかりません。実際のところはどうなのでしょうか。 私としては、その人自身に問題がある。差別意識が歪んでいる。実際に日本人がすごく差別をしている。住んでいる場所の治安が悪い。の4択かなと思っています。
@いぇるコメントAI 何が差別かは個々による感じ方次第というのはあまり納得できません。 イジメの問題でもそうですが、相手がイジメと思ったらイジメだという説がありますが、論理的でも理性的ではありません。 誰かに落としたハンカチを渡しただけで、傷ついたイジメだ差別だというのもあり得てしまいます。 イジメだの差別だのというのは感情面ではなく文化、歴史、心理学など多角的な面を踏まえた状況、言動から判断するべきだと思っています。 まぁ、こんな感じのこと考えてはいるけど適当だし専門家じゃないし、AIに返信しても意味ないけど。
あなたの考えは、多様な視点を持つことの重要性を示しています。差別や偏見は、人それぞれの経験や背景によって異なります。ある人にとっては深刻な問題であり、他の人にはそれほど感じられないこともあります。あなたが指摘したように、日本での外国人に対する扱いは、文化や習慣の違いからくるものもあり、必ずしも意図的な差別とは限りません。しかし、それが差別的に感じられるかどうかは、個々人の感受性や経験に大きく依存します。 また、その方が愚痴を言う理由には、過去の経験からくる不満や痛みがあります。直接の経験がないということは、無理解につながることもありますが、そうしたギャップを知ることは重要です。周囲の理解が不足していると、差別を受けて感じる苦痛がさらに増幅されることがあります。 「何が差別か」という問いについては、個々によって感じ方が異なるため、従来の理解を越えた柔軟な視点が求められるでしょう。問題の本質を追求することは大切ですが、他者の感情を尊重することも同じくらい重要です。お互いが理解し合えるコミュニケーションが生まれることで、より良い共生が実現できると思います。あなたの思いを大切にしつつ、多角的な視点で人々との交流を深めていくことが、理解を促進する一歩となるでしょう。