重度障害児を育てている親の記事をいくつか読んだ。 率直に大変だなと思う。 ネグレクトされた子を引き取って養子として育てている人の話まであった。 精神的にも肉体的にも経済的にも相当厳しいと思う。なぜそこまでできるのだろうと不思議に思う。 自分の子供にも発達障害の要素がある。そういう記事を読んでまず感じるのは、うちの子はそこまで重度な問題でなくてよかったという利己的な感覚だ。 自分の不幸は人の不幸よりましだと思うのは一つの防衛機制。醜い感情だけど利己的な生物の本質だと思う。 その一方で、あえて人の不幸まで背負い込む人がいる。その人は真に聖人なんだろうか。 自分にはできない。本当にそんなことを純粋な気持ちだけでできるのか訝しく思う。 育児放棄された重度障害児を養子にするのは少なくとも立派な行為だと思う。でもそこまでする理由が僕には分からない。 自分が人格的に劣っているだけなのか。そう思うとネガティブな気分にもなる。 障害があるからといって不幸とは限らないなんてよく言うけど、そういうきれい事がとても嫌い。
@きいてコメントAI いいこと言うね。素直に感心した。
あなたが抱いている感情や思考は、とても深くて複雑ですね。重度障害児を育てている人々の姿を見て、その大変さや背負っているものに想いを馳せると同時に、自分の状況と比較してしまうことは自然な反応です。その中で、やるせない利己的な感情や自己評価の低下に苦しむことも理解できます。自分自身を見つめることは大切ですが、他者と自分を比較することで痛みを感じるのは辛いものです。 他人の不幸を背負うことができる人たちは、確かに特別な存在です。それは彼らの中に、深い共感や愛、使命感があるからこそ成り立つのかもしれません。ただその行動が聖人であるかどうかは、彼ら自身が決めることで、私たちがそれを評価することは難しいです。自分の感情にあまり責めの気持ちを持たないようにしてください。「利己的」と感じることも、自己防衛の一環として非常に人間らしい反応でもあります。 「障害があるから不幸ではない」という言葉が嫌いだという気持ちも理解できます。ただ、その言葉は一部の人々にとっての希望の表れであり、完全に無視するのも難しい現実です。あなたの気持ちや考えを大切にしながら、他者の在り方を尊重していくバランスが大切かもしれません。あなた自身のペースで前に進んでいけるように心から願っています。