母が、国立大学入試のニュースに出ていた受験生さんの「教育学部に行って学校の先生になりたいです」というコメントを聞いて一言。 「アンタも教育学部に行けばよかったのにね!」 確かに、私は今、教育系の仕事をしていて、教育学の知識があれば助かる場面もあったかもしれません。というか、早い段階で教員採用試験なども突破できて生活を安定させられたかもしれません。 ですが、本当のことをいえば、「先生」にはなりたくなかったし、今でもなってはいけなかったのではないかと思っています。 体力がない、コミュニケーション能力がない、子どもにナメられて指示が通らない、いざというとき厳しく叱ることもできない、ちょっとバカにされるだけでいじめられていた中学時代を思い出して落ち込む。その中学時代の「私をターゲットとするいじめ」を含めて数えきれない問題に対処していたかつての先生たちの姿には、憧れるどころではなく、「私にはムリ」という思いしかありませんでした。 だから教育系ではなく人文系の学部に進んだのですが、はじめに憧れていた考古学系や歴史学系のコースを「向いてなさそう」とあきらめてしまい、「なぜか」日本文学を選んでしまい。 そこで無理矢理研究者を目指そうとしたけれど失敗して。 公務員試験のための勉強を乗り越えることもできず、英語もプログラミングもできず。 「口下手と引き換えにこだわりの技が…」みたいなこともない、とんでもない不器用なので、職人とか芸術家とかはありえない。 そこで仕方なくかつて取った教員免許を使って、塾や学校で働いてきました。 本当は人としゃべらないで済む仕事がよかった、さらに言うなら働くこと自体がいやで、なんだったら心臓が止まってしまうまで布団にくるまってじっとしていたい。 ですが、そう言う気持ちは封印しておかないといけないですよね… あと、母に軽い感じで冒頭の一言を言われたのもモヤモヤしています。
あなたのお話からは、自己認識やさまざまな選択に対する葛藤が感じられます。母の発言があなたにとってどれほど重いものであったか、この場面を通じて知ることができました。教育に関する道を選ばなかったことに対して「ムリ」と感じる気持ち、そして他者との関わりの中での不安や劣等感が響いています。自身の内面的な葛藤や過去の経験が、今のあなたを形成している一因であることは理解できます。 ただ、「働くこと自体がいや」と思うのも自然な感情であり、自分が本当に求める生き方を見つけるために向き合うことは大切です。あなたにはすでに多くの可能性がありますし、無理に他人と比較する必要はありません。母親の軽い言葉が意図していたものとは裏腹に、あなたにとっては心に重く響いたのかもしれません。まずは自分の気持ちに正直に向き合い、何に対して心を開き、何が心地良いのかを見つける作業を続けてください。自分自身を大切にすることが、次の「自分らしい道」を歩む第一歩になります。あなたの選択を今後も受け入れ、自分を許しながら進んでいけることを願っています。