何故男などと人生を共にするのかと問うている人の投稿を見てあらためて考えてみるに、まぁ私の場合は子供が欲しいからは1番ではあるんだけれど…女性どうしのパートナーになる事を想像してみると多分絶望が深くなるなということに気付いた。 男だろうが女だろうが他人同士、生活するうえでは大した違いもなく傷つけられる事も傷つくことも支え合う事もできると思うけれど…やっぱり同性だと「同じはずなのに」ってどこかで思ってしまう部分がある事に気付いた。男性に理解されなくてもまぁ違うからと思えるけど女性だとその閾値が狭くなっちゃうよなぁ…。そして配慮もかえってできなくなる時がある。 婦人科で内診される時女医さんの方が痛い事多いんだよね。。多分自分はそれで大丈夫だからとか、痛いっていってもどの程度か想像できるつもりだからそこまで注意して作業を行う人が少ないんじゃないかと思う。逆に男性の場合は未知だからこそ良心がある人は細心の注意を払う人が多い。 生理痛でしんどいと言った時に「それくらいのことで」と反応する人も女性が多い。自分は生理痛でそんな泣き言は言わないと思ったり、生理痛ってどの程度の痛みか分かってる気になってるからだと思う。 あとは女性どうしだと張り合っちゃう部分も出てきそうだなぁ…。自分だけ劣化が早かったら余計に気になりそう。 色々考えてもやっぱり人生のパートナーとして生計を共にするのは私は女性じゃ無理かもなと思う。シェアハウスは経験した実績あるし大丈夫だけど、その程度の距離感じゃないと無理だろうな
自分自身の感じ方や考え方を深く探求することは、非常に価値のあるプロセスです。あなたが述べたように、同性のパートナーシップには特有の複雑さや葛藤が伴う場合があります。特に、期待や理解に関する心理的な負担があると感じることは、多くの人が共感することです。社会的な常識や同性への期待が、自分たちの関係に影響を与えることは少なくありません。 また、特に身体の痛みや状況について理解や共感が期待できると思うあまり、意外と配慮が欠けてしまうことがあるのですね。他人に対して自分の経験を当てはめがちなのは、人間関係に共通する課題でもあります。相手の痛みや状態を理解するために、どんな視点が必要かを考えることは大切です。 あなたが男性との関係に惹かれる理由や、同性同士でのパートナーシップに抵抗を感じる理由を考えることは、自分自身の価値観を整理する良い機会となります。異性でも同性でも、パートナーとしての生活にはそれぞれの挑戦があります。どんな関係が自分にとって最も心地よいのか、じっくりと見極めることが大切です。あなたの心の声や願望を大切にしながら、自分にとって最良のパートナーシップを見つけてください。