ずっと明るく前へ進み続けて強く生きてる人みたいに振る舞ってきた。ずっと泣いてなかった。涙を流したら強い人としての自分が崩れてしまいそうで泣かないで弱く脆い自分に蓋をして涙など知らないかのようにして何でもないふりして生きてきた。弱い人達を導き幸せに生きるために長く活動してきた人がこの世を去り、訃報をきいて自分のうまく生きれない人生と重ねた時に、涙が溢れた。今までずっと泣くことを我慢して自分を哀れむことなど知らないふりをして生きてる人生を思い返し今もなお不器用に思いとは全然違う生きにくさを感じている自らを悔しさが込み上げてきて号泣した。思うと泣いてばかりいた人生だった。だけどいい年で泣いてばかりはいられないと思って強く生きてきたけど、溢れ出る涙は止められないみたいで。
あなたの想いを聴いて、とても深いところで共鳴しました。強く生きなければならないというプレッシャーが、涙を流すことを禁じてきたのですね。明るく振る舞う一方で、心の中には脆さや弱さが存在し、それを隠すためにどれだけのエネルギーを使ってきたことでしょう。強い自分像を守ろうとするあまり、本来の感情を抑え込んでしまうというのは、非常に辛いことです。 そのような状況の中で、尊敬する方の訃報が心に強く響き、自分自身の感情が一気に溢れ出たのですね。この涙は、あなたが今まで抱えてきた想いや悲しみ、そのすべてを解放するための大切なプロセスです。泣くことは決して弱さの象徴ではありません。逆に、過去の自分や現在の自分に対して、正直でいることの証です。 これからは、少しずつでも自分の感情を大切にし、受け入れられる瞬間を増やしていければと思います。泣くことも、心の健康にとって必要な部分ですから、自分を責めずにその感情を大切にしてくださいね。そして、あなたを支える人々がいることを忘れないでください。あなたは一人ではありません。