昨晩、浴槽に浮いていたコバエを指で掬い上げたら少し足が動…

不明

2026年2月21日 2:57

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昨晩、浴槽に浮いていたコバエを指で掬い上げたら 少し足が動きまして、この子はまだ命があり、もう少し生きようとしているのかと 粗方水分を拭き取り、しばらく様子を見ていたら 寝たきりだったのが、段々と歩けるようになり、羽を乾かそうと一生懸命動かし始めました。 「自然の中で死にゆくものはそういう運命なのだから放っておくべきだ」 という言葉が頭に浮かび、本当にそうだろうかと 一生懸命飛ぼうとする指先のコバエを見て少し疑問に思ったのです。 確かに自然のバランスを考えれば、むやみに人間が手を出すべきではないな、というのも十分理解ができるのですが 生きようとしているものを見殺しにできるか、という点で引っ掛かりました。 法律上、野生の生き物や雛などには基本手を出してはいけない事になっていますが 道端などでまだ生きているものを見かけると胸が痛みます。 自然の摂理と言われればそうですが 拾われることもその子の運であり縁であるのでは?と思ってしまいます。 結局二日ほど経過して変化が見られないようであれば簡単な巣のようなものを設置してあげたりするのですが 大半がそのまま息絶えてしまいます。 【救えたはずの命を見殺しにした】 この罪悪感だけが残り消えません。 私が人間ゆえに弱い生き物に手を差し伸べたくなり 私が人間ゆえに無駄な殺生を繰り返していくのかと 死ぬはずだった一羽を、一匹を掬うことで 私が一人、子供を成すことで、今後どう変わっていくのか それもまた世界の運命であり動向であり一部だと 他責ながら考えてしまいます。 【自分の歩く道は自分で切り開くものだ】と言いつつ 【救えるものは救ってあげたい】と思ってしまう この矛盾もまた人間ならではの習性なんだなと思うと どんな人間でも憎むに憎めないなと、思ってしまいます。

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