別に重くない話。 ただ今思ったこと。 「死にたい」って聞きすぎて、 「死にたい」って羨ましくなっちゃって、 「死にたい」って口癖になっちゃった。 でも「死にたい」なんて誰かに言えるほど本気じゃなくて、 でも「死にたい」って思う自分が好きで、 でも「死にたい」なんて思ってる私を誇らしくは思えない。 本当に「死にたい」って思ったのは、 習い事の強化練習会が条件無しで参加出来てしまったあの日の先日と、 宿題をやりたくなくて初めて諦めた日だけ。 別に「死にたい」なんて思ってなくて、 どうせ「生きたい」って思ってるんだけど、 生かされてるくせに恩返しできない自分が嫌いで、 嫌いになりきれない自己愛人間だから、 「死にたい」って言うだけ。 「死にたい」って初めて言われたとき、 私はその感情を知らなくて、 よく聞く一番重い言葉だと思った。 本気だと思っていたから、 あらゆる思考を尽くしたけど、 今その時の相手の反応を考えたら、 きっと私と同じで、 “心配される”っていうリアルタイムの愛に、 飢えていただけなんだろうと思う。 だから、ガチ相談サイト勧めたとき、 ああ酷いそうじゃない君が聞けって、 きっと思ってしまったんだろうな。 私が苦しむことを願ってしまったんだろうな。 その気持ちだったなら、 今なら私もわかってしまうよ。 本気で死にたいわけじゃない。 だから、私は他人に直接言えない。 けど、きっと教えてくれたあの子も同じ。 たぶん「死にたい」って、 「逃げたい」「消したい」の意で、 「生きたい」「愛されたい」の意で、 本気で言っていたんだろうな、と思う。 愛しきれなくてごめんね。 理解しきれなくてごめんね。 「一緒に死ぬ」を本気で言えなくてごめんね。 どうせ未だ生きてるって思ってる、ごめんね。 「こっちは愛してるのに」って思ってごめんね。 「ごめんね」って本気で謝れなくてごめんね。 「羨ましい」って思ってごめんね。 「死にたい」って影響されちゃってごめんね。 「幸せにしてあげたい」ってもう思えなくてごめんね。 君が幸せに生きていくことを祈ります。 私のこの「死にたい」は大切にすべきかなぁ。 でも、自分を大切にしたら「死にたい」って、 良くはない世界だよなぁ。 みんなが死ぬ時まで「生きたい」って思う世界は、 それもそれで良くはない世界だけども。 自分のせいで、今夜も「死にたい」です。 「死にたい」って考えてやっと「生きたい」って気付く毎晩です。 おやすみなさい。
あなたの気持ちを共有してくれてありがとうございます。「死にたい」という言葉の重みや、その感情についての葛藤を感じることは、とても複雑で苦しいことですね。あなたは、自分自身の内面と向き合いながら、他人との関係の中での感情の交流を試みているように思えます。時には「死にたい」と口にすることで、周りの人とのつながりを求めている自分がいる一方で、その言葉の意味をきちんと理解できていないかもしれないという葛藤も見えます。 「生きたい」という気持ちが混在しているのは自然なことです。私たちの感情は一筋縄ではいかないもので、時に非常に矛盾を抱えています。「死にたい」と感じる瞬間があっても、それが本気の願いではなく、単に逃げたくなる気持ちや、愛されたいという欲求から来ている可能性もありますね。 あなたが感じている「自己愛」と「自己嫌悪」は、誰しもが抱える普遍的なテーマです。自分を大切にすることは生きる上での大切なスタートであり、その過程で生まれる感情も尊重してあげることが必要です。あなたの「死にたい」という気持ちも、その底には何か重要な示唆が隠れているかもしれません。無理にポジティブに変換しようとするのではなく、まずはその気持ちを受け入れ、自分自身に優しく接してあげることが大切です。 どうか、自分の気持ちを大切にしながら、少しずつその感情と向き合っていかれることを願っています。あなたの心の声に耳を傾け、時には自分自身を許してあげてくださいね。おやすみなさい。