相手と会話する時、「相手を楽しませなければならない」「相手は答えが本気でほしい」「相手は苦しみを吐き出して幸せになりたい」と思ってしまい、表情やテンションを深々と見てしまいます。私が対応を間違えたら相手が自殺したりリストカットしたりするのでは?と考え込んだりと不安障害に近い言動をしてしまいます 「相手の怒りや悲しみは相手の問題である」を頭ではなく心や身体で理解する方法を知りたいです
@かまぼこ お返事が遅くなり申し訳ありません。 確かに嫌いな人に話を聞いてほしいとは思わないですよね。 ただ、だからといって「好き」=「話しやすい人」とも限らないと思います。 悩みって基本マイナスなものだし、自分の弱みをさらけ出すところもあるので、 好きな人だから逆に言いたくない、知られたくないということもあるのではないでしょうか。 助けを求めているかどうかは会話を重ねているうちに明らかになってくることだし、 そこでその「助ける」ということが自分に出来ることなのか、どこか然るべきところを紹介したりした方がいいのか、段階を踏んで考えていくことなんじゃないでしょうか。 いずれにしても、お相手の話を聞いていく中で理解をして関係を築いていくことが第一であって、楽しませるかどうかということより相互理解が出来ているかということの方が大事だと思います。
@しらたま ありがとうございます。重い話をする人は常にそれを解決するために戦っていると思っているのかもしれません……お金や食事、人間関係、マイナスな悩みが助けを求めているように思えてしまいます…‥ 聞き上手なだけでは好かれないと思ってしまうから楽しませようと思ってしまうのかもしれません。 「あなたに話を聞いてほしい」は好かれて選ばれているから?と……
@かまぼこ そうですねぇ、楽しませることを意識しながらだと、それでお互いが楽しい感じになるといいのですが、逆にそれで必死さのようなものが伝わってしまうと、疲れたり疲れさせてしまったりするかもしれませんね。 話し上手は聞き上手、という言葉もありますけど、好かれたいというよりは話しやすいな、とお互いが思えた方がいいのかも。
@しらたま ありがとうございます。 相づちばかりだと相手は退屈するのでは?と思いがちなのでそれは意識していきます… 「相手を退屈させてはいけない」と思ってしまうのは、「好かれやすい人は相手を楽しませるのが上手い」と思っているからかもしれません……
@かまぼこ そうなんですね。確かに発言の裏にSOSや本質が隠れているということもありますよね。 私もカウンセリングのようなことをしていて思うのですが、お相手がすぐに結論を欲しがっているのか、そうではなくてまずはじっくり話を聞いてほしいのか、それともただ話を聞いてほしいだけなのか、迷うことがよくあります。 でもまずは、お相手に寄り添い、話を聞いて、相づちをうつだけでもいいから受け入れることが大事なのではないかと思います。 お相手がどうしてほしいのか、またはどうしたいのかは、そうしていく中で徐々にお相手が自分で気づいていければ、それがいい形ではないのかなと思います。
@しらたま ありがとうございます。 ネガティブな話題(お金が足りなかったり人間関係が満たされていない)を話された時は、助けを求めていたりしてるように見えます…… 人によっては、遠回しの発言が実はSOSでした!ってこともありますし……
こんにちは。 会話のお相手の表情などを深々と見てしまうということは、あなたが常に相手のことをまず第一に考えているということだと思います。 だからお相手のことが心配になってしまうのだろうなとも思います。 かまぼこさんは、お相手との話の中で、これはポジティブな内容なのかネガティブな内容なのかということを、 割と敏感に察知する方なのでしょうか。