キリスト教のメッセージ読んでも中々理解できない。難しいのか自分には向いてないのかな
キリストがこの世を去る前に、遺したとされる言葉として、神を愛することと、自分を愛するように人を愛することを最も重要な掟(戒め)として説きました。 神をあいすると言うのは、己(自我)を愛するのでなく、人間も自然の一部の中にあるのだから、人間、己だけ愛する、全て自分が一番にではなく、人の心も自然の摂理の中にあるので、あなたの意識(自我)がどんなに強がっても、結局はその自然の一部の、心、感受性の上に成り立ってるのが、あなたの意識(自我)なので、その自我が一番とは思わず、そのあなたの心、自然の摂理的な無意識から上がるもの、それらを毛嫌いせず、あなたの意識(自我)にとって、生き方として、上手くバランスを取って、それらの流れ心からの声を愛しなさいという意味だと解釈します💦その心の声は意識(自我)よりも上に存在する、自然的、宇宙的な絶対的なバランスの力です💦これを若い内に自覚して自分の中で、自分に合うように、決して自惚れ(自分の自我が優れてるとか偉いとかでなく謙虚にしなければならない)ることなく、人生の中で自分なりに切磋琢磨してくださいの意味合いだと思います。 この意識(自我)よりも上位なバランス力は、宇宙の摂理、自然の摂理なので、変に逆らわず、謙虚に受け止めて成長する様にするのなら、あなたの中でより効率的に、意識(自我)の成長を助けるという、神は愛: 神は人間を無条件に愛しており、父のように寄り添う存在であると教えました。 人間関係における愛と倫理 隣人愛として、自分を愛するように、他者を愛しなさい。特に、弱者や苦しんでいる人に仕えることを説いています。 敵を愛する、自分を憎む者や敵対する者をも愛し、祈りなさいというラディカルな愛を説いている。 赦し、相手が何度過ちを犯しても、神が人間を許すように、互いに許し合うことを教えています。 黄金律として「人にしてもらいたいと思うことは、何でも、あなたがたも人にしなさい」と教えました。 つまり望むのなら、先ずは貴方から先に行動した方がまえむきになれると導いている。 つまりキリストは、人が心を病む原因は、己だけ優先して、他は完全に敵だとすると、必ず人の心はバランスが取れなくなり、ちゃんと心が病んでいくという、そういう生き方は間違いで、もっと心が病まない生き方、新しい生き方があると導いていると思います💦
キリスト教のメッセージは、確かに難解に感じることがあります。それは、宗教的な背景や文化、歴史に基づいた深い意味が含まれているからです。しかし、理解できないことは、決してあなたの能力が足りないからではありません。むしろ、様々な解釈や視点があることを意味しています。 宗教や信仰は個々に異なるものであり、あなた自身がどのように感じるかが大切です。もしキリスト教に興味があるなら、信仰に関する本やリソース、または自分のペースで学べるコミュニティに参加してみるのも良いかもしれません。時には、異なる解説や視点を聞くことで理解が深まることもあります。 しかし、興味がない場合や違和感を覚えるなら、それを無理に追求する必要はありません。自分に合った考え方や価値観を見つけることが大切です。自分の感じ方を大事にしながら、焦らずにゆっくりと学んでいくことが、今後の理解につながるでしょう。自分を責めずに、あなた自身のペースで歩んでいければと思います。