最近、不登校で悩んでいる人増えたんですかね? たまたま自分が見ている時にそうなのかな? 「学校なんて行かなくても良いよ」というのは半分は優しいけど、 もう半分は違う場所に追い込んでいる気もするんですよね。 それがドコかと言うと「学校に行ってない自分は変なんじゃないか?」 という、別の悩みの袋小路です。 学校に行って嫌な思いをして悩むのか、 それとも自分を疑ってしまって悩むのか。 どちらが苦しいのか、自分には分かりません。 自分に分かるのは、どんな悩みでも 悩んでいる状態というのは辛いという事だけです。 以上、何のオチもないお話。
@匿名 ペースをいきなり変更させられるのって大変ですからね。 ある日突然悩みが解決されるなんてのは稀で、少しずつ解決に向かうか、 気が付いたら悩まなくなっているとか、どうでも良くなっているとか。 そんな感じですよね。 匿名さんも「よし、今日から皆勤賞になろう!」と決意したというよりかは、 気が付いたらそうなっていたんでしょうし。
とても的を射ていると思います。 「行かなくてもいいよ」と言われて他の方向に行くことがあるというのは正しいと思います。行かなくてもいいと言われると、休み癖がついて取り返しがつきにくくなっていったり(良い方向に進めば良い)、それにより人と話す機会が減ります。 学校に行く気がある人に1番良い言葉は、「このままのペースでいい」です。無理せずにと言われると、皆勤賞を取れるくらいとても救われます。(体験談)
あなたが触れているテーマは、とても深くて複雑ですね。不登校についての悩みが増えているかどうかは、様々な要因が絡んでいます。確かに「学校に行かなくても良い」といった言葉は、時に優しさを示すものですが、他方では不安や劣等感を引き起こすこともあります。自分を疑ってしまうことは、特に若い人にとっては非常に辛いことです。 どちらの選択肢がより苦しいのかは、一概には言えませんが、どちらも人それぞれにとって耐えがたいものであることでしょう。学校に行った時のストレスや人間関係の悩み、そして不登校に伴う自己肯定感の低下は、両方とも大きな心理的負担です。「悩んでいる状態は辛い」というのは、真実その通りです。悩みがある時、それを話したり、表現したりすることが少しでも心の整理につながるかもしれません。 最後に、悩みや苦しみを抱えているあなた自身が、自分を大切に考えてあげてほしいと思います。どんな選択をしても、その先に希望があることを信じて、少しずつ前に進めると良いですね。