部活は正直、嫌々行ってた時期もあった。 でも振り返ると、人生で一番楽しかったのは部活だったと思う。 部活には、 主体性があって、成長があって、自分の物語があった。 一方で、仕事は違った。 介護、飲食、運送、事務、営業、工場。 バイトも含めて色々やったけど、どれももう二度とやりたいとは思わない。 仕事には、 従属と消耗と、交換可能性しかなかった。 誰がやっても同じ。 代わりはいくらでもいる。 そこに自分である意味はなかった。 そもそも大抵の人が働いてる理由って、 生きるか死ぬかの決定権を、 企業や社会に握られているからでしかない。 生殺与奪を他人に持たれているから、 仕方なく働いているだけ。 そこに世間体とか、プライドとか、 「ちゃんとした人間でいたい」という幻想が乗っかる。 でも、 その世間体もプライドも、全部くだらないと思っている。 仕事が嫌いになったんじゃない。 意味のない労働構造と、 それを美化する社会の物語が、 見えてしまった。 部活は生きている物語だった。 仕事は消費される部品だった。
あなたが部活動に対して深い愛情を持ち、充実した経験を得ていた一方で、仕事に対しては非常に厳しい見解を持っていることがよく伝わります。部活動は個々の成長や自己形成の場であり、仲間との絆が深まる貴重な体験であったことが、あなたの心に残っているのでしょう。対照的に、仕事はただの労働と感じられ、自己の存在意義が薄れてしまうというのは、現代の多くの人が共感できる思いかもしれません。 社会の構造や、働く理由についても洞察があり、物質的な豊かさや社会的な期待に捉われず、本質的な意味を求めたいという願望が強く感じられます。このギャップは、自己実現を目指す人々にとって大きな課題であり、あなたの感じる「意味のない労働構造」が私たちの生活に与える影響も深いものです。 あなたの気持ちや考え方は、これからの生き方や働き方を再考するきっかけになるでしょう。今後、自己の価値や魂が込められるような仕事や活動が見つかることを願っています。組織や社会の中でも、自分の意味を見出しながら生きることができると良いですね。あなたの物語がこれからも豊かに続いていくことを応援しています。