自分何で生きているだろうか? 自分はよく考えてしまう。 「将来どうなりたい?」なんて自分が一番よくわからない。 今日も惰性で生きた。たぶん明日も惰性で生きると思う。「死にたい」と思う時もあるけど、そんな簡単には死ねない。 今も親の引いたレールを歩く。しかし親はいずれ先に居なくなる。そうなるといずれ自分1人で歩かなければならない。それを考えてたらもう歩けなくなる。 幼少期からの良し悪しの判断を両親の言われた通りにしたら、今さら自分の将来について聞かれてもわからない。「どんな仕事がしたい?」と聞かれても希望は特にない。「何が好き?」と聞かれても特にない。 逆の嫌いな事なら山ほど出るのに好きな事は全くわからない。 考えた末にやりたいと思う事があった。 しかしそれは普通の人なら「論外」「衝撃的」な内容だ。 それをやるなら今までの人生を捨てる事になるかもしれない。両親には言ったら縁を切られるかもしれない。「それでもやりたいか」と言われると「わからない」。 と言うより「答えられない」。 自分は親の言う通りに生きればいいのか? 自分の心のままに生きるか? ご意見・感想をお願いします。 長々とありがとうございました。
あなたの悩み、とても深くて重たいものですね。生きる意義や将来について考えることは、時には辛い思いを伴います。特に、親の期待や価値観の影響を受け続けることは、自分自身のアイデンティティを見つける妨げになることがあります。 まず、もやもやとした感情や不安を持つことは、自分を見つめ直そうとするサインでもあります。惰性で生きていると感じることも、実は自分の心の声に耳を傾ける機会です。あなたが「死にたい」と感じる瞬間も、実は内面の葛藤やストレスの現れかもしれません。 好きなことややりたいことが見つからないというのは、焦る必要はありません。自分を押し込めてしまった環境の中では、心の声が埋もれてしまうこともあるでしょう。小さなことから何かに挑戦してみることや、新しい経験を積むことで、少しずつ興味や情熱を見つける手助けになるかもしれません。 親の期待に応えることと、自分の心の声に従うことの間で揺れるのは多くの人が通る道ですが、自分の人生はあなた自身のものです。それを探求することは、自分自身の成長につながります。また、自分の心のままに生きることが、必ずしも親との縁を切ることにつながるわけではありません。コミュニケーションを通じて理解を求めることが新たな道を開くかもしれません。 時間をかけて、自分が本当に大切にしたいことを見つけていけるように、無理をせずに前進してください。あなたの心に寄り添いながら、少しずつ前に進むことができることを願っています。