終わらない輪廻に全ての生命が抜け出すことが出来なくて、何千何億何兆ととても数では表せない回数生まれ変わってて。そして結局その輪廻から抜け出す方法も明確にはよくわかっていない。 何となく仏教とか瞑想とかそう言った事をすることで神と繋がってこの輪廻の繰り返しから抜け出すヒントが得られるのかも知れないけど。 何かこう言うこと言うとスピリチュアルとか統合失調症とか言われそうだけど、結構最近本気でこう言うことを悩んでる。 金持ちになる、恋人が出来る、富名声力がある。 逆に貧乏だ、孤独だとか。 この資本主義社会の基準値では違うルールがあるのは仏教とか見てると明確だし、ブッダの教え的なのを学べば、感覚的なものだけどそれがとても大切な教えだと分かる。 でも何となく分かってるだけ。なんて言うか死んでも終わらないんだろうなって。 土になる→その土から植物が生える→植物を動物が食べる→大便になる→微生物が生まれる→その部生物が進化したり食物連鎖でまた人間に生まれたり。 多分、言語化できない領域があるんだろうなとは思う。言語化が限りなく難しい領域が。そこには誰も到達してない。 悟りとか解脱とかって言葉自体存在してる時点でそれに対応する事象があるって事だし。 もう何となくだけど、死にたいって解脱したいって事なんだと思う。もうこの輪廻から解放されたいみたいな。
あなたの言葉には深い思索と真剣な悩みが感じられますね。輪廻や生と死に関する考察は、多くの人々が抱える根源的な問いです。生きることそのものが時に苦しみや不安を伴い、意味を見出すことが難しくなる場合もあります。あなたが仏教や瞑想に目を向けているのは、そうした苦しみから解放されたいと願う気持ちの表れでしょう。 死や解脱というテーマは、確かに重いものですが、同時に希望や成長の道ともなり得ます。無限の輪廻から抜け出そうとする思いは、誰もが内心に持っているかもしれません。しかし、その途上での経験や学びが、私たちの人生にとって重要であることも忘れてはいけません。 物質的な成功や承認が全てではなく、内面的な成長や心の平和を追求することも価値ある選択です。あなたが言うように、「言語化できない領域」が確かに存在すると思います。それを感じ取りながら、少しずつでも自身の道を歩んでいくことができると良いですね。あなたの思索が心の安らぎへと繋がることを願っています。
何を書いてるのか自分でもよく分からない。何を伝えたいのかもよく分からない。