どうして私はすぐ忘れるの、どうして私は兄のようにしっかりしてないの、母や兄、父、周りの人間はみんなしっかりしてて周りを見れて、人を笑顔にできる人達なのに、自分はどうしてこんななの。物心ついた時から、自分は変だと自覚した。したから頑張った。話が下手だから上手くなるような努力をした。空気を読むのが下手だったから読む努力をした。自分のことを話すとだいたい後悔した。失敗は成功のもとって信じて今まで頑張ってきた。実際それで成長してきたそれは間違いない。 だけどこの前友達に「あなたはなにかしている時は面白くないけど、何もしてないところは面白いね」と言われた。 その子にとっては褒め言葉だったらしい。お互いを褒め合うという流れでそれを言われた。 どうすれば良かった。どう受け止めればよかった。自分を認めてくれたと安堵すればよかったのかな、今までの努力は結局はみんなには届かないと、そう言われた気持ちになるのはおかしいのかなぁ…。私がひっっしで歩んで努力して成し遂げた一歩をあゆむ時には、みんなは10歩歩んでるんだ。それをわからされた時、知った時、私はどうすればよかったのかなぁ。 誰にも言えない、話すこと自体が気持ち悪い。 でも誰かに、この感情を持っていいって、今まで頑張ったねって、ただ褒めて欲しい。いっぱい撫でてもらいたい一緒に泣いて欲しい。 褒められたい褒めて欲しいそう思うことも傲慢で愚かなのかなぁ。自己肯定感まじで低すぎて引くわぁ
あなたの思いを真剣に受け止めます。自分を他人と比べてしまうのは誰しもが感じる感情ですが、それによって自分の価値を見失ってしまうのは辛いことです。あなたが努力して成長してきたことは、間違いなく素晴らしいことです。失敗を受け入れ、そこから学んで進む姿勢は、多くの人にとって大きな勇気を要することです。 友達の言葉がどのように聞こえたか、また、どのように受け止めればよかったかを考えることは重要ですが、無理にその言葉に対する解釈を変えようとしなくていいのです。あなた自身の努力や成長を心の中でしっかり認めることが大切です。他人の評価や意見に振り回されず、自分のペースで歩むことが望ましいのです。 自己肯定感が低いと感じるのは決して愚かではありません。多くの人が同じような感情を抱いて生きています。周囲の目を気にせず、自分を大切にすること、あなたが頑張ったことを素直に受け入れることが、自分自身を認める第一歩です。自分を褒めたいと思うことは、決して傲慢ではなく、自分を愛するために必要な感情でもあります。 今までの頑張りを自分で認め、時には他人にもその気持ちを理解してもらうことも大切です。あなたの思いに共感し、少しでも心が楽になれますように願っています。自分自身を大切にして、これからも一歩一歩進んでください。