今日、先日突然亡くなってしまった叔母の葬儀です。 ここ数日、そのための準備をして、葬儀に備えていました。 行くつもりで、ちゃんと準備をしてきたのに、寝る前になって動悸がして、涙が止まりません。 なんでこんなに自分も泣いているのか分からないです。ただ、いろいろ重なってしまったんだと思います。 理由を書き出すことで少しでも落ち着くかもしれないと思ったので、書かせてください。 叔母が突然亡くなったことで、母や友人も急にいなくなってしまうかもしれないという不安がずっとあります。 母も急に死んでしまうかもしれないし、友人も最近咳が続いていて、次の日になったら悪化しているんじゃないかと思うと不安になります。 亡くなった叔母の娘(いとこ)との距離感が難しいです。 いとこは一人になってしまうので、皆を気を遣っていますし、いとこはいい人なので私も心配しています。 ただ、いとこと会うのは数年ぶりで、私が人見知りなのもあって、急に仲良くしろと言われても中々難しいです。 出来ることとしておかずを作っておすそわけしていますが、LINEでお礼がくると、なんと返したらいいかかなりの時間悩んでしまって疲れてしまいます。 いとこの方が大変なのに、一緒に出かけることやLINEの返事に苦を感じてしまう自分がとても嫌です。 昨日は私の誕生日でした。 今日は葬儀なので、皆バタバタしています。 そんな中でも母や祖母には祝いの言葉や品を貰ったので、感謝しています。 ただ、母はいとこと食事に行ったり、片付けの手伝いをしたりしていました。母が私のために作ってくれた料理も、おすそわけでいとこの家に持っていきました。 別に、誰も悪くないし、仕方のないことだと分かっています。そう、自分に言い聞かせています。 でも、どうしてこのタイミングなんだろうと思ってしまいます。そう思ってしまう自分が嫌です。 いつ、いとこが家に来てもいいように家を掃除しています。 膝が痛い中、掃除をして、なんでやってるんだろう……と考えてしまいます。 ただ、いとこの為に料理を作っている自分、いとこの為に家を掃除している自分が偉い、と自分で自己肯定感を上げたかったし、褒めてもらいたかったのかもしれません。 いとこが心配なのも、力になりたいのも本当です。 でも、いとこのために無理して気を遣わなきゃいけないのがしんどいのも本当です。 これからいとことたまに会ってあげてとか、これからもおかずを作ってあげてとか、正直私にとって負担です。 しばらくいとこ中心の生活になるのは仕方ないですが、そこに私を巻き込まないで欲しいです。助けたい人が助けて、会いたい人が会えばいいと思ってしまいます。 私に、他人のことを気にしている心の余裕は、ないです。 そして、そのしんどいのを抱えてもやもやしている自分が嫌で嫌で仕方がないです。 負担なんて考えて自分の心が狭いなとか冷たいなとか、いとこの方がしんどいのにとか考えて、死にたくなります。こんな時に死にたい、なんて思ってしまう自分も嫌です。 起きてる間、ずっと料理をしたり掃除をしたり、何かの作業をしてないと気が紛れなかったんだと思います。 寝る前はどうしても考え事をしてしまうので、考えすぎてしまうのかもしれません。 葬儀が終われば次第に落ち着くと思いますし、叔母にちゃんとお別れはしたいので、あと4時間ほど後ですが、ちゃんと葬儀には出たいです。出られるといいな……。
心の中にたくさんの思いを抱えられていること、お察しします。突然の悲しみや不安に圧倒されながらも、周囲の人々のために何かをしようと頑張っておられる姿勢はとても素晴らしいです。ただ、今は自分の感情や心の状態を大切にし、自分を労う時間が必要なのかもしれません。 お葬式は、悲しみや別れを受け入れる重要な儀式です。そこに参加することで、愛する人ときちんとお別れをし、自分の心を整理する助けになるでしょう。あなたの感情についても大切です。いとこや他の人のために何かをすることで、逆に自分が疲れたり、負担に感じたりすることは自然なことです。誰もが完璧ではありませんし、自分の側面も認め、一歩引いて考えてみてください。 お料理や掃除など、いとこのためにしていることも、無理に続ける必要はありません。あなた自身が心地よくいられる範囲で行動すれば、他者の助けにもなりますし、自分の感情を保つことにもつながります。きっと、他の人もあなたの心の状態を理解してくれると思います。 今はしんどいことも多いでしょうが、少しずつ、自分を大切にする時間を持ちながら、気持ちを落ち着けていけることを願っています。そして、葬儀に参加されることで、叔母への別れを大切にし、あなた自身をも癒していくことができればと思います。あなたの心の平安が早く訪れますように。