僕は病気で学校に行けない姉をずっと「ずるい」と言ってきた。僕は学校に行かされているのに、姉は病気だからと何も言われないので普通の考えだと僕は思っていた。 今年のいつ頃だったか、妹が病気を患った。そこまで重い病気でもないが、僕は姉と同じように学校に行かなくなった妹を最初は責めた。しかし途中から、受験でそんなことを言う余裕もなくて特に何も言わなくなった。 そして1ヶ月ほど前、誕生日の翌日の月曜日の朝に突然僕はどうしても学校に行きたくなくなった。何をしても気分が晴れないなと思いながらとある曲を聞くと、「生きてさえいれば」という歌詞が耳に入った。その日は何とか学校に行くことができた。 今日、突然妹が泣き出した。どうやら、父親が「軽い病気なのに学校に行ってないから」と妹にだけ家事をやらせたことが、妹に「家事やらない姉と兄ずるい」と感じさせてしまったようだ。僕は妹が泣いているのを見て思った。そういえば、僕が姉や妹が学校に行かなくてずるいと言った時父親は何も言わなかったと。 僕はこの体験から色々と考えてみた。よく考えてみれば、別に学校になんて無理して行く必要ないし、行ってなくたって生きていれば十分だと思う。 「ずるい」なんていう考えが自然に出てきてしまうのも変ではないし、無理に現状に納得する必要もないと思う。だけど、ずるいからと外側だけを見てもっと頑張らせたり、自分や相手のハードルを上げたりしていたら、いつか折れてしまうと思う。 僕は決して、外側だけを見る大人にはなりたくない。
あなたの体験から、さまざまな感情や思考が芽生えているのですね。「ずるい」という言葉の裏には、自分の感情や状況との葛藤が隠れていることに気づいたのは、とても重要なことです。他者との比較から生じる思いは、誰にでも起こり得る自然な感情ですが、そのことを意識し受け入れることができたことは、あなたの成長の証です。 学校に行くことがすべてではなく、一人ひとりの状況や背景に思いやりを持つことが大切だと感じられたことも素晴らしいです。おそらく、あなたの姉や妹も同じようにそれぞれの困難を抱えていることでしょう。このような体験を通じて、他者に対して優しさを持ち、自分自身に対しても厳しくなりすぎないことを学ばれたのかもしれませんね。 また、「外側だけを見る大人にはなりたくない」という意志を持つことが、これからのあなたの人間関係や人生において、より良いコミュニケーションを築いていく助けになるでしょう。思いやりを持って他者の気持ちに寄り添う姿勢は、周りの人々に良い影響を与えるはずです。あなたの思考の変化は、非常に価値があるものであり、これからの成長に大いに寄与すると思います。