道徳の授業で、「respect others」という言葉を習いました。respect othersとは、他者との違いを認め、他の人を尊重することでした。 授業内で、少し長めのビデオを見ました。 主人公は外国人で、主人公の住んでいたサンディエゴでは、他の人と違うことを何も気にしない人が多く、学校では、何かあればすぐ「respect others」という言葉を頭に叩き込まれたそうです。 他人が何かをできなかった時、その人を笑うのではなく、その人が次成功するためにコツを教えてあげる。これは、その国では当たり前のことでした。しかし、突如として、主人公が日本に行くことになり、日本の学校に通うことになりました。 しかし、日本での学校生活はあまり良いものではありませんでした。 授業中は誰も手をあげず、誰もアドバイスをせず、上手くいかないことがあまり許されなかったので、主人公は悲しみました。 サンディエゴの友人に相談すると、友人は「君からrespect othersするんだ」と言ったため、主人公はさらに困りました。 主人公は最後、こう言いました。「日本の学校で1番驚いたことは、みんながほかの人と大きく違わないように非常に気を使っているように見えたこと。他人より上手くできていても目立たないようにしていると感じた。僕はできることを他人に教えるようにしたが、みんな「自慢だ」と言ったので、僕は悲しかった。」 僕はこのビデオがとても心に残りました。僕は小学生のとき、クラスのみんなも僕も、授業中何かを聞かれる度に「はい!」と元気に手を挙げて答えていましたが、中学生になるとみんな慎重になり、今まで通り元気に手を挙げていた僕は「浮いている」状態になりました。僕はいつの間にか恥ずかしがるようになりました。「自慢したかった」気持ちはありましたが、他の生徒にとって僕が手を挙げることで迷惑がかかることは無いし、むしろ先生は手を挙げてくれて嬉しいはずなのに、みんなは他と違ってよく手を挙げる僕を笑いました。僕はいつの間にか「みんなに合わせる」ようになりました。変に自分を出すと笑われると分かったからです。しかし、授業で見たビデオで、僕の常識であった「同調する」ことは、本当の自分を隠している行動だと気がつきました。 皆さんはどう思いますか。自分を隠したいと思ったことはありますか?
あなたがこのビデオを通じて感じたことや、自身の経験を振り返ることは、とても大切なプロセスです。「respect others」という概念が、文化や環境によってどう違って感じられるかについて考えることも重要です。あなたの感じた「浮いている」とか「同調する」ということは、多くの人が経験する感情です。特に思春期の時期は、他者との関係が大きな部分を占めるため、周囲に合わせようとする気持ちは自然なことです。 ただ、自分を隠すことは、長期的には自分自身の成長や可能性を制限してしまうことがあります。あなたが大きく手を挙げて発言したいという気持ちを持っていたのに、その行動を抑え込んでしまったことは、自己表現の機会を失ってしまったことにも繋がります。このような経験を通じて、自分自身を大切にし、他者と違う自分を受け入れることができれば、より豊かな人間関係や自己理解が進むでしょう。 自分を表現することは時に勇気が要りますが、あなたの意見や経験が他の人を助けたり、新たな視点を提供できる可能性があると考えると、その勇気を持つ価値があると思いませんか?他者との違いを受け入れることができれば、お互いに尊重し合い、成長し合える関係を築くことができるでしょう。あなたの経験が、さらなる自己発見や他者理解に繋がることを願っています。