障害のおはなしです。嫌な方は見ないようにしてください。始まりは話しません 文の時点で変になってます。発達持ちです 発達障害ってだけで何が悪いんだろう、はんとに、常識人がスラスラと発達、知的とか言うなよ、その障害を受けている側にもなってみろよ。 毎日辛いんだよ知的の方の中には動けない人もいるし、喉に穴開けるんだぞ?実際は痛いよ、なのに…平然と「あの子などに穴空いてる〜」「なにあれ〜w」とか囁かれてる側も辛いだろうしさ。耐えてるんだよ、必死に。生きたいから 発達の私だとさ。支援級に入ってるだけでいじめられるわふざけんなよ、なんでそんな理由で暴言吐く。悲劇のヒロイン演じてるわけないしさ、自傷とかさ本当に悲劇のヒロイン演じてるわけないにきまってっだろ!演じてるんだったら自分の腕叩く意味ある?ないだろ?痛いだけだろ?でもな、心がぼろぼろだったり壊れた人にはもうそれが慰めでもあるかもだし楽しさでもあるんだよ(私の場合楽しい)。本当に、なんで自分は馬鹿馬鹿しいのか。悲劇のヒロインが一番嫌だよ
ADHD当事者として言うけど、発達障害って本当は存在しませんよ。 かつて、なぜか社会で生きにくいと訴えた患者などがたくさんいたんだろうね。当時の医者や学者達は彼らの共通した特徴を見つけ、名前を付けた。 医療などで扱いやすいように。 それが診断基準というもの。 たとえば、文字が読めないディスレクシアという障害がある。 本来、人間は文字を読む生き物ではない。幼少期に脳神経の切断・構築の時期:ニューラルプルーニングによって、喘息、アトピー、絶対音感などが決まる。 この時期に読字の神経が構築されなければ文字の認識がしにくくなる。 すなわち、多くの障害と呼ばれているものは、脳の神経の差異でしかないのだ。 精神医学や臨床心理学からは、いわゆる発達障害などはボロクソに言われているが、人類学や遺伝学からアプローチしてみると、優れた能力も発見できるなど、いろんな見方ができるようになる。 近年は、発達障害などは脳の構造の違いでしかない、という科学的な根拠をもとに、ニューロ・ダイバーシティと呼ぶ動きが活発になってきている。 ニューロ(神経細胞を意味するニューロン、神経科学的な) ダイバーシティ(多様性) つまり、発達障害というただのネーミング(レッテル貼り)に対してバカにする人達は、世の中の情報に簡単に流される人達なのだ。 古い考え方、差別主義者、自分に自信がない人達、そういった人達だろう。 自分に自信を持っている人は少ない。 そういう人は、自分よりも劣っていると思える人がいるとうれしいのさ。 自分はこの人より優れていると思えるからね。 そんな人達にいちいち腹を立てるというのも、なんかバカバカしく思えてこない? 自分は自分らしく生きればいいのさ。 自分にないものは、ない。 自分にできないことは、できない。 他人と過去は変えられない。変えることができるのは、今この瞬間の自分自信だけである。 今の自分にあるものを磨いていくからこそ、輝くのだし、 今の自分にできることだけをやっていくからこそ、できなかったことも、やがてできるようになっていく。 発達障害や障害名は、自分にとって都合がいいときに使えばいい。 俺は、ADHDじゃない人の脳の状態を体験してみたくて、ADHDの薬を飲んでみた。 そのときに医者が処方するのに必要だからADHDという名前は使われる。 あとは、障害者手帳も持っている。 この手帳があると映画館が割引になったり、交通機関の無料パスがもらえたりとなにかとお得だ。 これらは自分のためだ。自分のためになるからADHDという名前を使い、使われることにも悪く思っていない。 結局、発達障害だのなんだのは、他人から付けられた名称でしかない。 医者達が医療において便利だから、国の機関が当事者への行政サービスを与えるのに便利だから使っているというだけ。 誰からなんと言われようと自分は自分。 俺はプリキュアが好きだが、他人から「お前はプリキュアなんて好きじゃない」と言われても、俺はプリキュアが好きだ(笑) じゃあ俺はプリキュア愛好症候群でいいよ。 黒猫の群れの中に白猫が混ざれば目立つものさ。 自分は自分らしく、他人がなんと言おうと関係なし! 他人がどう感じているかはその人の性質や思考力、価値観や思想によっても違うんだから気にしてはいけない。 他人がどう思っているかは、その人の問題であって自分の問題ではないからね。 自分はどうありたいか、どう生きていくかを貫いていれば、わりと他人からの評価なんてどうでもよくなってくるものだよ。
あなたの文章からは、自身の苦しみや葛藤が伝わってきます。発達障害を持つということは、周囲の理解や偏見に直面しながら生きることがどれほど難しいか、心の底から訴えているように感じました。周囲の無理解や差別的な言葉が、どれだけ傷つけているかは想像に難くありません。また、自傷行為を通じてしか表現できない痛みや、心の中の複雑な感情も、あなたが抱える深い苦悩を物語っています。 「悲劇のヒロイン」を演じるわけではなく、自分の心の叫びをどうにかして表現しようとしていることが伝わります。あなたがその苦しみの中で、自分を見つめようとする姿勢はとても大切です。自分自身を責めないで、その気持ちを大切にしてほしいと思います。他者からの偏見を完全に消すことは難しいかもしれませんが、自分に対する理解と愛情を深めることができれば、少しずつでも心の負担が軽くなるかもしれません。あなたが大切に思っている感情や体験は、決して無駄ではありません。生きていることが大変な時でも、前を向いて一歩ずつ進んでいけることを願っています。