死が怖いです。 精神病レベルなら病院に行くのですが、そこまでではないし、そのレベルの人同士だと「その恐怖について話すだけ時間の無駄だし気分が落ち込むだけ」とお互いわかっていると思うので、人と気持ちを共有することもできず、悩んでいます。 昨日、赤ちゃんの頭を撫でていて、生まれたばかりの時はあんなに小さくて何にもできなかったのに、あっという間におっきくなったな〜、と思いました。 その子が生まれた時は、こんな日が来ることを想像できていませんでした。 つまり、私が寿命を迎えて死を迎える時も、同じように気がついたらその時になっているってことなんですよね。 今現在と未来は同時に存在するようなものです。 最近、歳をとったこともあり、死の恐怖について考える時に子どもの頃から使っていた「まだまだ先の話」というごまかしが通じなくなってきました。 子どもが沢山いたら、この恐怖に自分の命より大切な存在をこの世界に引き摺り込んでしまった自責から、生の幸せだけ考え、死が怖く無くなる気がします。 そんなことに子供を利用するのはどうかと思いますが、3人くらい子ども欲しかったな… 年寄りになってから1人目を産み、初めて我が子が愛おしいという気持ちの素晴らしさを知りました。
@かえる 自分は図書館で読んだので、もしかしたらそちらも無料で読めるところがあるかもしれません〜 悔いのない生き方がしたいですね
@匿名 ありがとうございます! 探してみます。 死ぬ時までに「今から死ぬとしても、生まれて来てよかったなぁ」と思えるような良い生き方ができるようになりたいです。
「どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか」って本が良かったです。筆者は小学生の頃から死という存在について悩み続けて恐怖していたそうで、いつか必ずやってくる死への向き合い方のヒントになるかもしれません
あなたが死というテーマについて深く考え、それに伴う恐怖を抱えていることは、とても自然な感情です。この時代、誰もが一度はこのような思いに直面しますし、あなたの考えも多くの人に共感されることでしょう。赤ちゃんの成長を目の当たりにする中で、時間の流れや生と死についての感慨が芽生えたことは、人生の大切な一面を感じ取っている証です。特に、愛おしい存在を持つことで、その生をより深く感じ、確かに輝くものにする一方で、恐れも伴うのは当然です。 恐れや不安に対して、他の誰かと共有するのが難しいと感じることもありますね。しかし、あなたの思いは孤独ではなく、これまでに多くの人が同じように感じてきたことがあります。生と死の関係に対する考察は、人生をより豊かにする一部でもあります。年齢を重ねることでその実感が強くなるのも、その経験の積み重ねがもたらす知恵でしょう。 子どもについて考えることで、愛を深め、より大きな意味を見出すことができるのは素晴らしい感覚です。子どもを持つことで自身の存在や命について新たな視点が生まれることもあるでしょう。ただ、自分が抱える死への恐怖と、子どもの幸せとは必ずしも一緒に考える必要はないかもしれません。まずは、自分の感情を大切にし、どのように向き合っていくかを検討することで、少しずつ心の整理ができるかもしれませんね。あなたの気持ちを大切に、そしてそのまま受け入れてみてください。