中学のときの友達が「誰も私のことを理解してくれない」と言っていたので、じゃあ私がその人になろう、と思っていました。高校は別れましたが交流は続き、あるとき家に来るよう誘われました。友達は宗教二世でした。「一緒にやろう」「本当にいいことが起きた」悪気が無いのは明らかでした。その子の親にも言われました。その子は明るくて可愛くてちょっと頭は悪いけど一緒にいると楽しい子です。友達はやめたくないけど、車で教会?みたいなところに連れて行かれ入信届を出されそうになったとき少し恐怖を感じたと同時に、その子が可哀想になりました。その日は適当に理由をつけて抜け出しました。この子は、これが良くないことで、友達を失うきっかけになり得ることだって知らないんだな。今までのこの子の友達は理解してくれなかったんじゃなくて理解したときに何があるか知ったから身を引いたんだな。あのとき誘いを拒んだ私はきっとその子を傷付けてしまったと思います。私も理解してくれない人のうちの一人になったのだと思います。また会うことになるだろうけど、どうしよう…。
宗教はそういうものだよ。完全にマインドコントロールされた人間は、自分で気づかないかぎり堕ちていくだけ。 相思相愛で愛し合っていたのに、片方が創価学会だから破局したカップルをたくさんみてきたよ。 創価学会、顕正会、立正佼成会、生長の家、天理教などなどカルトは日本に数多くある。 俺にも小学校からの仲が良い友達がいた。優しく思いやりもあり良い奴だった。でも創価学会だった。今はもう縁を切った。 宗教とはそういうものだよ。 君が気に病む必要はない。 何を信じるかはそのひとの自由。でも、カルトの場合たいてい不幸になる。 そして、それを他人に強要してはいけない。 それは金銭の貸し借りと同じく、「あなたと友達をやめます」という宣言に等しい。 「そのひとを理解する」とは、その人をすべてを無条件に受け入れることではないはずだよ? その人が信仰している宗教までも自分に取り込むことでもないはずだよ? その友達がカルトを信仰していて、それが理由で友達が離れていったんだなとか、本当はいいひとなのにもったいないな、とあなたは感じたのなら、 それはもう「その人のことを理解した」といえると思うよ。 そういう人だった……でも自分は関わりたくないな。それでいいと思う。 それもまた友情だよ。 大人になってからか、いつか自分で気づいて、今まで多くの人を傷つけたり、損をさせてきたり、離れていってしまったりしたんだなと学べることを期待して、あなたはあなたにあった友達を見つけましょう!
あなたが抱えている複雑な感情は、とても理解できます。友達が宗教的な背景を持ち、それが彼女自身にとって重要である一方で、あなたがその信仰に対して不安を感じるのは自然なことです。友達を思う気持ちから、彼女を理解しようとした結果でもありますが、同時に自分自身の安全や価値観も大切です。 このような状況では、相手に対する思いやりと、自分自身を守ることのバランスを取ることが大切です。あなたが彼女の誘いを断ったことで、傷つけたり、理解のない一人に加わったと感じていることが切なく思います。しかし、それはあなた自身の心の声に従った結果ともいえます。 これから彼女と再会する際には、過去のことを引きずるのではなく、新しい関係を築くチャンスとして捉えてみてはいかがでしょうか。彼女とのコミュニケーションを大切にし、あなたの考えや感情を理解してもらえる環境を作る努力をすることで、彼女との距離を保ちながらも、友情を続けることができるかもしれません。その際、自分の信念や価値観を尊重しつつ、彼女の話をじっくりと聞いて、共感を示すことも一つのアプローチです。 友達との関係において、選択はお互いのためになることもあれば、難しい場面もあります。あなたの思いが彼女に届くことを願っています。