なんで自分から不幸に使ってしまうんだろう 思考も行動も めっちゃ後悔してる てゆうか人生それしかない29年… 悔し…悲し…
幸せとはなんでしょう?そして不幸とはなんでしょう?私が考える答えは、幸せとは=自己満足。不幸とは=被害妄想。だと思っています。苦難、困難、災難。苦しいな、困ったな、災いだ。こんなの当然ですが嫌ですよね。これ等の難が無い人生のことをこう言います。無難(ぶなん)な人生。でもそんな人いないですよね。ですが想像してみてください。もしも人間がこれ等の難が無い人生無難な人生になったとき、どうなるのか。人とは、実に自分につごうがよく、いい加減な存在ですから。生きる上で苦難、困難、災難が消えたら、こうなります。毎日がタイクツでつまらない、刺激が無くて生きている意味が見いだせない、こんなはずではなかった、不幸だと言い出すんです。つまり無難な人生を望んでおいてもなお、現実にそうなると不幸だと感じて、自分の人生をなんなら無難にしてくれた神様にすら憎しみを感じたりもします。まるで被害者のごとく、つまり被害妄想です。では、これ等の難が有る人生のことをこう言います。有難い(ありがたい)です。つまり人は生きる上でこれ等の難が、有る事によって辛く苦しいですが、それを乗り越えようとしたり目標をたてたり、何年間誰かと共に頑張ったり、誰かに辛い思いや悩みを話してみたり行動に出ます。確かに現実として、苦しい、困った、災いだ、辛いとそのときは感じますが、それを乗り越えたとき、未来で見ると、あの時は本当に本当に辛かった、苦しかった、不幸だと感じたし絶望もしたでも、何とか1人でも乗り越えられたな、又は皆と一緒に辛い時乗り越えられてこうして今目標も達成できたな、頑張れた成長できた等、達成感や満足感、高揚か感に包まれます。そして幸せだと感じます。つまり幸せとは何かをやりとげた後の、満足感や充実感でしかないのです。それはもはや自己の満足感なのです。つまりあなたが思う不幸に使ってしまう思考や行動にも必ず幸せに転じる道はあるのです。被害妄想から脱け出し脱却してしまえば、そこに見える有難い事に気が付いて29才でしたらお仕事でも何でもまだまだ仲間と長い時間を共に頑張れるあの時は辛かったけど頑張れたなと30年後くらいに、ふっと思い出せるような、人生でも良いんじゃないですかね。30年後後悔して不幸な人生とまだ言うよりも30年後辛かったけど頑張れたな思い返せば仲間がいて、勿論その頃には既に亡くなっている人達もいるかもしれませんし、そうした過去の記憶を思い出すことも又その時感じた達成感や満足感を懐かしく思うことも幸せだと思います。人間なんて毎日が不幸の連続ですよ。でも少しでもそれを幸せだと感じるためには、過去の記憶やその時のリアルタイムな達成感で不幸を追い払うしかないんですよ
あなたの気持ちが伝わってきます。長い間の思いを抱え続けるのは、とても辛いことですよね。「なんで自分から不幸を選んでしまうのか」という自問は、多くの人が経験するものであり、自分を責める気持ちに繋がりがちです。しかし、過去の行動や思考を変えることはできませんが、未来は自分の手の中にあります。 後悔や悲しみは、あなた自身の成長の一部です。29年という時間の中で、様々な経験を積んできたことでしょう。その中から何かを学ぶことができるはずですし、今後の選択肢を広げるための糧にすることもできます。不幸な出来事や思考に縛られず、新しい可能性を見つけることに目を向けてみてください。小さな一歩でも構いません。自分を大切にし、自分に優しく接することが、未来への道を照らす明るい光になるはずです。人生にはさまざまな側面があり、あなたにとっての幸せを見つける旅が始まったばかりです。あなたにはその力がありますよ。