半年ほど前から一人暮らしの母親(78歳)が初期の認知症になり…

匿名

不明

2025年10月4日 22:56

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半年ほど前から一人暮らしの母親(78歳)が初期の認知症になり、物忘れが多く、昔の事は覚えてるが、新しい事をよく忘れる。さっき自分で言った事や、さっき食べた物。数分前の事がわからない。何度も同じ事を聞くのが主症状。とは言えまだ初期なので日々約束忘れたり、毎日捜し物をしながらではあるが一人暮らしは出来ていて生活能力はまだある。 私は父を早くで亡くし、女手一つで育ててもらった。母は愚痴っぽい性格で私も気が強いので一緒に住んでいる時は衝突ばかりしていたが、昔から親孝行はしないとと思っていた。 私自身子供は苦手だったが、孫を見せたいと言う思いは強かった。自分が12年前親になり、より母への偉大さを改めて感じ素直に親孝行をするようになった。 自分の子育て、仕事と両立しながら、車で1時間の実家にちょくちょく顔を出していた。 認知症と診断されてからは月に数回は行くようにしていたし、いろんな手続きの同行や困り事の解決、母が好きなご飯を作っていったり、母が好きそうなお菓子を見つけては持っていったり食事に連れていったり親孝行を重ねてきた。 そんな日々の積み重ねの中で、ある時プツンと糸が切れたように母親がどうでもよくなった。ただの老害になった。どうなろうと知らない。 この夏、親孝行の一貫で、2泊で旅行に連れてく計画をたてた。 母が高齢の姉(82歳)もと言うので、高齢者2人と、娘(小学3年生)の4人で行くことにした。高齢でも楽しめて、娘も楽しめるプランをねって白浜にようやく決めた。 母にその事を伝えると、まず、そんな近場に2泊もするんかいな。とまずは愚痴。 1日目と2日目は同じ白浜でもホテルは別にした。 そんな近場で2日も泊まって昼間なにするんや! 近くに観光するところもあり、それぞれのホテル内でも遊べる事を説明した。 母は元々思った事をパッと言ってしまう性格で深く考えてゆっていないのは分かっていた。結局、ま、連れていってくれるならどこでもええわ。と最終話す。他に良い所ありそうやけど、思い浮かばないからといった様子。 そんな愚痴っぽい、批判から入るタイプの母の性格に認知症と相まって私のイライラはつのっていった。 和歌山旅行の前に、旅行に行くメンバー4人でスシローにいった。娘も高齢者も好きな物を頼めるだろうと私の中での配慮のスシロー。 高齢者にとってタッチパネル式の飲食店なんて海外に来たのと同じ。 私が全て聞き取ってオーダーした。注文するやいなや、ご飯が赤い。なんでこんな赤いの。その時は期間限定キャンペーンで全て赤シャリとなっていた。 「白いご飯の方がええわ。なー姉ちゃん、なんで赤いんや。おいしないわ」認知症の母は言った事すぐ忘れるので、このフレーズを10回は聞いた。 その間、私は3人のオーダーと、受け取りに忙しく自分の分はもちろん頼めてない。「おいしないわー」「昔はもっとスシローおいしかったのになー」これも連発。 「ガリとビールがいちばん美味しいわ」このフレーズも何度も聞いた。 そんな時間の中で私は心が鉛のようになっていく味わった事もない様な正確に言語化できない何とも言えない気持ちになっていった。 一言言葉にするとしたら、、、情けない。。。 「次は回らないお寿司いこな。ご馳走するから」 こんな母の言葉を最後に店を出た。 帰り道、お祭りで盆踊りをしていた。 母はビールを飲んだ事もあり、陽気に盆踊りに参加しようと、小3の娘を誘った。 娘は断った。 「なんでや、みんな踊ってるやん。アカン子やなー」と娘をディスり、何度もしつこく誘った。 私の心の中の鉛がどんどんどんどん大きくなった。 帰りの車の中で、後ろに座ると、今度はシートの文句。 「ヘッドレストの位置がおかしい。どうして座るんや。けったいな車。」 母と、母の姉を送り届け、娘に旅行は行けないと素直に話した。娘も幼いながらも分かってくれた。 娘に話すとスッキリした。 私はもう、親孝行は完了した。 母が喜ぶであろう事もしないし、困っているか心配もしなければ、気にもかけない。 ただ、私も1人の血の通う人間なので、母からSOSが来て私が解決しないと収まらないであろう事は私が全てする。 ただ+‪α‬は何もしない。淡々とこなすだけ。 老害。ただの老害。 そんな周りから迷惑がられる、嫌われる人になるなら私は早く死にたい。 そして、自分の希望で安楽死を日本は認めるべきだ。

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