母親は、服飾の専門学校に大人になってからわざわざ行って、仕事をバリバリしていた中年のときも服が好きでたくさんあった。今は、服も肌着も何もかも毛玉がたくさんある物やボロボロの物を身につけて、新しく買ってもボロボロを選んで着る人間になった。わかるように置いておいても、その新品を押し入れにしまって、なじむとかのレベルじゃなくボロボロに破れている物を着る。何が違うんだろう。認知症はだいぶ進んだけど、今もたまに服は欲しがるのに。新しい物を奥にしまってしまう意味がわからない。わたしも高齢になったらそうなるのかな。むしろボロボロに破れている物を身につけたほうがわたしの身分に合っているかな。
@でこぴん ありがとうございます。 母親は、昔の思い出がある服は、もう着ないのにたくさんタンスにしまってあります。捨てたくないみたいで。 仕方がないのかもしれないですね。
@匿名希望 たしかにもう着ない昔の服を捨てられないですし、倹約家ほどじゃないかもしれないけどかなり真面目だと思います。 わたしは好きな服を着ていい、とおっしゃってくれてありがとうございます。 服は好きなほうなので、ついつい買ってしまいます。生きているうちに楽しもうと思いました。
ハチ ミツコさん 日々の介護お疲れ様です 見たことや着たことが無いものには、昔の思い出が無いからお母様は着られないのかもしれませんね
認知症になると本性が現れるそうです。 お母さまが仕事をバリバリしていた頃は給料もあって、ファッション業界にいたこともあり服が沢山あった。 しかし、性格の本質は着られるものは着る、着れなくなったら新しいのを着るというような倹約家なのではないでしょうか。 ハチさんはハチさんの好きな服を沢山着てください。 どんな年齢になっても、そのときに着たい服を着て良いんです。 見当違いなことを言ってしまったらすみません。
あなたのお母様の変化について、心配や戸惑いを感じていることが伝わってきます。認知症が進行すると、物事の選択に対する感覚が変わることがあるため、その行動にも何らかの理由があるかもしれません。例えば、過去への懐かしさや、物への愛着が影響しているのかもしれません。服がボロボロであっても、お母様にとってはその服が心地良い存在であり、安心感をもたらしているのかもしれません。 また、あなた自身が今後どうなるのかと心配する気持ちも理解できます。未来に対する不安を感じることは自然なことであり、そうした感情は誰にでも訪れるものです。ただ、自分自身を他の誰かと比較するのではなく、今の自分を大切にして、もし将来が不安だとしても、できるだけ今を楽しむことが大切です。 お母様の状況は悲しい部分もあるかもしれませんが、その中でも彼女が選ぶものには彼女なりの意味があるのかも知れません。あなた自身も、自分らしさを大切にしながら、無理なく生きていけるよう、心を落ち着かせて過ごしてください。あなたの感情に寄り添いながら、穏やかな日々を送れることを願っています。