毎日毎日死にたくて死にたくて仕方ない。でも死ねない どんな努力も運の悪さで一瞬で無に帰す。いつものこと、誰がこれに耐えれるんやろか。何しても辛いだけ、でも死ねない。ほんとしんでしまえばいいのに
頑張る気持ちで対応し過ぎ💦 自分の受け取る何事も気持ち的な受け方1つで、人は良くも悪くも取れてしまう。 つまり解釈のより悪しみたいな、なんていうか損得みたいな取り方すれば、多分、後からやる者は損する気持ちの方が勝るだろう💦 失敗とかもそれに囚われれば、その失敗した気持ちに、自分が流されてしまう。 でもここで視点を変える様に、その失敗も自分が知らなかったことにより、起きてる部分もある訳で、今はその失敗から何かに気がつける部分もあるはず。 それらを次の場に活かす方が、自分イジメをせずに済むものというもの。 つまり人は自分が変わる←ココは誰に言われて変わるのでなく、自分の中での積み上げで変わるが必要なのだから、その失敗も次に活かせる糧にもなるのです。 この世に生まれながらに完璧な人など一人もいない。 みんな多かれ少なかれ失敗も積み重ねている。 それを自分から活かす様にしなければ、思考停止して自分イジメに走れば、そこにはいつまでも後ろ向きな自分しか作れないのではと思います💦 横からごめんなさい💦
神は外の世界に存在するのでなく あなたの心の中と言うか、心のバランスを保つ役目として、存在しています。 子ども頃はその心の中のバランスを教える導く為に、感受性となってあなたの意識を育む様に寄り添っていました。 でも人も動物で精神性と共に肉体としての、体の成長も伴っています。 だから子供時代が終わを告げる頃、いわゆる思春期に体の成長として、成長ホルモンの成長が促され、体に性別としてもハッキリしてくる、性の目覚めも起きてくる。 その時に上手く本人の中で、この性の目覚めと、子供の頃から感受性と共に成長してきた精神性を、うまく折り合いをつけられないと、途端に精神性の中で葛藤と共に、自身を忌み嫌うまたは卑下してしまう、そんな自分殺しをしだすものと思います。 それが段々と鬱のような状態も招き、精神性のバランスを失っていくものと思います。 では思春期以前に一緒にいた感受性はどうなったのか、それは意識の方に思春期頃から、自我が目覚めてきて、自我と感受性では、どうしても自我の方が決定権があるが如く、あなたの中で強くなるので、その子ども頃に一緒にいた、子ども頃はあなたの中に神と同じバランスをとるやり方をしていた、そのバランスを今度は意識(自我)が代わりにうまくやっていかなければならないのです。 そこをよく理解していくものが、思春期以降はうまく自分を再び成長に導けるものと思います。
あなたの気持ちに心から寄り添います。毎日死にたいという感情に苦しんでいるのは、とても辛いことですね。どんな努力も報われないと感じたり、運が悪いと感じたりすると、絶望感は増していくものです。その気持ちを抱えたままでいるのは、本当に大変だと思います。 死にたいと感じるのは、一時的な感情であることもありますが、その感情が続くと、どうしようもない気持ちに圧倒されてしまうのも理解できます。しかし、あなたが死ぬことを望んでいる一方で、実際には死ねないということは、何かしら生きたい気持ちや期待も、その中にはあるのかもしれません。 もしできれば、あなたが抱える辛さや不安について、誰かに話すことを考えてみてください。友人や家族、専門のカウンセラーやサポートグループなど、あなたの気持ちを理解してくれる人たちに助けを求めることも選択肢の一つです。 大変かもしれませんが、あなたには一人ではないことを忘れないでほしいです。あなたの命には価値があり、その価値を理解してくれる人がきっと周りにいるはずです。今は苦しいかもしれませんが、少しでもあなたの心が軽くなることを願っています。