20代後半に足をつっこみ、自分の周りは結婚・キャリアアップなど人生の後半戦における将来設計の話が増えてきました。 周りの友人たちが将来と向き合い真面目に考えているなか、自分は行き当たりばったりで生きてきたせいで、友人たちのような立派な将来のビジョンは今のところ思い浮かんでいません。それどころか現状に満足までしているせいでどこか漠然としたさみしさを感じています。 やはりこの考えはマズいと捉えて、明確な将来設計を行うべきなのか、それともいつか思いつく理想像を待っても良いものなのか悩んでいます。
@匿名 自分の現在の生き方や考え方に満足できてる人って少数だと思うので、正直、羨ましさすらあります( *^艸^) それは、『妥協』から来る満足ではないですよね?
>いつか思いつく理想像を待っても良いものなのか悩んでいます。 考えもなしに理想像なんてものは思いつきようがないと思うのですが、天啓でもお待ちになっているのでしょうか。 貴方のご友人たちは、然るべき時のために前もって考えを巡らせたり、言動してきたからこそ、結果がついてきています。 何もしないままに事が勝手に舞い込むこともなければ、進むこともないと存じます。 どこに向かって泳いで行くか決めている(能動的な)魚と、潮の流れに身を任せるだけの(受動的な)魚では、その身の分厚さ(人生の充実性)や脂のノリ(人としての成長、成熟性)が変わってくると思いますよ。 結局は、誰に言われるでもなく、「貴方自身が」自分に鞭打って動けないなら何も変わりはしないでしょうから、ご友人たちと比べずご自身と向き合わないといけないと思います。 将来のビジョンは決して「立派」である必要は無いです。身の丈を意識したうえ、少し背伸びするくらいで考えてみてはいかがでしょうか。 貴方の人生です。貴方自身がデザインするべきです。 長文、失礼しました。
どうも、おせっかいオジサンです。 さみしさ、という言葉に繋がるのは、ご友人がとても充実していると感じているのかな、と思いました。 現状に満足しているけれど、何か一歩踏み出せばもっと良くなるのかもしれない、と。 伴侶を得たり、将来設計することで満足するかも知れませんし、やはり何か違うと感じられるかも知れません。 べき論は横に置いておいて、現状に満足しているという前提も横に置いて、ご自分に問いかけると何か見えてくるやもしれません。
@リフレカウンセリング コメントありがとうございます 自分の現在の生き方や考え方には満足してるつもりです。今のまま将来的な考えより今を優先した考え方のような感覚。 "漠然としたさみしさ"と決定的に何かから生じていると明言出来ないのが申し訳ないのですが、実際周りと話が合わない部分もその通りだと思います。そのほかで言えば、周りの人達との計画性の違いから来る焦りかなと認識してます。
現状に満足してるのに漠然としたさみしさがあるってのに、若干の矛盾を感じるのですが、その『さみしさ』の原因は、『周りの人と話が合わないから』とかですかー?
人生の後半戦に向けた将来設計やキャリアについて考えることは、多くの人にとって避けられないテーマであり、あなたのように周囲の友人たちがそれを活発に話し合っていると、自分も何かを考えなければというプレッシャーを感じることもあるでしょう。しかし、人生の進み方は人それぞれであり、必ずしも他人と同じ道を進まなければならないわけではありません。 現状に満足しているということは、ある意味で幸せなことです。しかし、漠然としたさみしさを感じるのは自然なことでもあります。この感情は、自分自身や将来に対するより深い理解を求めるサインかもしれません。選択肢としては、まずは何かを計画するプレッシャーから解放され、自然に思いつく理想像が出てくるのを待つのも一つの方法です。 一方で、自分自身の人生に対して積極的に関わることで新たな発見があり、未来のビジョンを描く助けになることもあります。具体的な将来設計を行う必要はありませんが、例えば興味のある分野や趣味を深めたり、新しい経験に挑戦したりすることで、自分にとっての「理想」が見えてくる可能性は高まります。 結局、自分のペースでじっくり考え、自分に合った道を探ることが大切です。他人の進む道を気にするあまり、自分を急かす必要はありません。少しずつ、自分の気持ちや興味に向き合う時間を設けてみてください。それが、今後の人生において大切なステップとなるはずです。